欧米ではできるのに、日本ではなぜできないのか?

 それでも、未曽有の危機的状況なのだから、あらゆる手を使って薬剤師がワクチン接種できるよう、法解釈を進めるべきという声もあるだろう。実際、官邸は厚労省にそれを強く迫るも、省内の受け止めは冷ややかだ。取材する限り、「到底無理」という声が渦巻いている。

 到底無理な理由は、ざっくり言えばただ一つ、「薬剤師はワクチン接種をできるだけの教育を受けていないから」という点に尽きる。

 今回の新型コロナワクチンに関して、欧米では地域の薬局の薬剤師に接種を認めている国は少なくない。そもそも米国やカナダなどでは以前から薬局でインフルエンザなどの予防接種を行っていた。そうした国だけでなく、他国も続々と薬局薬剤師がワクチン接種を実施できるように、法改正や研修を実施している。

 欧米でできて日本でできないのはおかしいのではないか、と疑問に思うが、さる官僚にはあっさりこう言われた。

 「日本と欧米の薬学教育の中身が全然違う。日本の場合、臨床教育が圧倒的に少なく、人体の構造と機能について専門的に学べていない。そうした薬剤師に研修を受けさせてワクチン接種できるようにするというなら、医療資格なしのボランティアにだって接種を認めればいい」。

 薬剤師と、医療資格なしのボランティア、つまり素人は同レベルという見方だ。筆者は思わずうなってしまった。そうした受け止めをしているようなら、当面、薬剤師による新型コロナワクチンの接種解禁には至らない。そうこうしているうちに、既に潜在看護師などがワクチン接種の打ち手として続々と名乗りをあげていることもあって、薬剤師への解禁話は立ち消えになるのではないか。

 ただ、それでもいいという声がある。欧米でできて日本でできないなら、何を変えるべきなのかという議論には必ずなる。すると今の薬学教育の問題点に突き当たり、大がかりな薬学教育改革が進む可能性もあるというのだ。

 薬学教育は厚労省ではなく、文部科学省の管轄だ。従来の薬学教育は有機化学を中心とした創薬に重きを置き、今なおその傾向は根強い注)。しかし、教員の意向も受ける文科省では大胆な変革に踏み切れない、またそもそも変革の必要性をあまり感じていない面もある。

注)有機化学は、物理化学や生物学などとならび薬学教育の基盤となるもの。中でも有機化学は歴史的に薬学の最も基礎的かつ根幹をなす研究分野とされてきた(関連記事:2030年に目指すべき“未来の薬局”の在り方とは)。近年は薬剤師が臨床の場で活躍することを目指した医療薬学教育の充実が図られている。

 けれどそのままでは済まされない状況になるわけだ。薬学教育が変われば、薬剤師の職能・業務範囲がこの先、ぐっと広がる可能性は十分ある。

 薬剤師にとって、今回はワクチン接種解禁まではいかずとも、その先には少なからず光明が見えているのかもしれない。

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