「えっ、そう来るとは」──。5月21日、経済産業省のホームページに掲載されたニュースリリースを見て、筆者は思わず独りごちた。何でも同省では、行動経済学の手法「ナッジ」を政策に取り入れるため、省内横断のプロジェクトチーム、「METIナッジユニット」を発足させたのだという(※METIは経済産業省の英語略称)。

ナッジって何?

 ナッジ(nudge)とは、直訳すると「そっと後押しをする、ひじで軽くつつく」という意味。そこから、行動経済学のナッジは、人の背中を押すように、ちょっとした工夫や仕組みで個人に気づきを与え、よりよい選択ができるように支援する手法を指す。2003年の論文で発表され、提唱者のリチャード・セイラー米シカゴ大学教授が2017年にノーベル経済学賞を受賞したことで、改めて注目が高まっている。

 当初、ナッジは企業のマーケティング戦略に活用される機会が多かった。だが、いまや様々な分野に応用され、欧米では公共政策にも広く取り入れられている。有名なのは英国だ。2010年にキャメロン政権がセイラー教授の協力を得て、内閣府にビヘイビア・インサイト・チーム(BIT、通称:ナッジ・ユニット)を設置。以来、同組織でナッジを活用した政策を進めて、納税率の向上などに成功している。米国でも2015年に大統領府内にナッジを政策に応用するための専門チームが組織された。

図1●「新しい社会保障改革に関する勉強会」によるナッジを活用した社会保障改革の具体的提案
(図:新しい社会保障改革に関する勉強会 中間とりまとめ[2018年9月]を基にBeyond Healthが作成)

 そんなナッジが、日本で新しい社会保障改革の手法として取り沙汰されるようになったのは、昨年夏のこと。2018年6月、世耕弘成経産相は、若手議員と「新しい社会保障改革に関する勉強会」を立ち上げ、9月上旬に中間報告を取りまとめた。そこではナッジを活用した社会保障改革の案として、年金分野と医療・健康分野での提言を行っている(図1)。

 例えば、医療・健康分野では、検診案内をする際に単に日程を通知するだけでは、忙しい個人は病院に行くことを後回しにしがちなため、個人の健康診断の結果に応じて、その人の健康リスクを見える化して、検診を受ける根拠を明確にすることを提唱した。

 この有志議員による中間報告を機に、ナッジを活用した社会保障改革議論は熱を帯びることになる。経産省の産業構造審議会の下に設置された「2050経済社会構造部会」、政府の「未来投資会議」、厚生労働省に設けられた「2040年を展望した社会保障・働き方改革本部」、自民党厚生労働部会の「厚生労働行政の効率化に関する国民起点プロジェクトチーム」は、それぞれ昨年秋から今春にかけてあるべき改革像について協議。結果、いずれも人生100年時代を見据え、健康寿命の延伸を図る必要があり、そのためにはもっと健康になる、もっと長く働くといった個人の前向きな努力を、政府がナッジで応援すべきとの結論に至った。

 こうした状況を踏まえれば、ナッジ理論を活用して人生100年時代を健康で、というのはもはや「国策」と言っていい。現に安倍晋三首相もその実現に意欲を見せている。