新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に伴う緊急事態宣言が全国で解除された。だが、いつ起きるか分からない、感染拡大の「第2波」への備えを進める必要がある。

 今回の流行を通じて、医療現場で使われるマスクやゴーグル、フェイスシールド、長袖ガウンなど、PPE(personal protective equipment:個人防護具)の不足が問題化。院内感染の拡大を招いた一因ともされる。

 実際、3月末ごろから4月中旬にかけての状況は混乱を極めていた。厚生労働省内に設けられた「マスク等物資対策班」、通称マスク班では経済産業省からの応援部隊とともに、3月以降、対象品目を拡大しながら、国が確保したPPEについて都道府県を通じて必要な医療機関への優先配布を開始した。だが、流行が拡大する中、現場の不足感は深刻さを増すばかり。マスク班は急ぎ、経産省の職員を中心に物資をかき集めることに奔走するものの、4月の頭時点で一体どれだけの物資を用意するかの目標も設定されていなかった。

 マスク班に後から加わった一人の話によると、「需要の予測はどうなっているのか?」とメンバーに尋ねたところ、「そんなもの計算できないし、無理やりしたところで、必要枚数を集められる保証もない」とけんもほろろな返答だったという。だが、そうした状況が加藤勝信厚労大臣の耳に入り、「必要枚数を算出すべき」と命じられるに至った。

 とはいえ、算出の仕方は手探りで進めるしかなかった。結局、流行のピークを迎えた場合の患者数を想定した上で、その患者1人につきどれだけの医師や看護師らが治療に当たって、本来使用ごとに取り換えるPPEを何度か再利用するという具合に変数をかけて、漠とした数字を出すにとどまったようだ。

 その動きと呼応して、厚労省では立て続けに通知を出していく。まずは4月7日付で、医療用高機能マスク「N95」については、医療機関に廃棄を慎重に検討するよう呼びかけ、その後、同月10日付でN95マスクの再利用、14日付でサージカルマスク、長袖ガウン、ゴーグルおよびフェイスシールドの再利用を例外的取扱いとして推奨する通達を行った。

病院でもトイレットペーパー騒ぎと同様なことが起きていた

 一連の通達を目の当たりにした医療現場には少なからず衝撃が走った。緊急事態とはいえ、厚労省がPPEの再利用を推奨した事実に、物資不足の深刻さを改めて思い知らされることになったからだ。そこから、危機感を強めた一部の医療機関では、国が確保して都道府県から配られる予定のPPEを悠長に待っていられないとして、独自のコネクションやルートを使って確保に邁進した。例えば、さる大手病院グループは中国の業者と直接やり取りして、PPEを買い付けた。

 そうした噂が広まると、他の病院グループなども焦って、同様に独自ルートを使っての入手を急いだ。そもそも、都道府県から配布される分については、ほとんどルール化されていない状況で、「配り方がいい加減」(病院関係者)といった不満の声が相次いでいた。こうして、同時多発的に各病院による医療物資争奪戦が繰り広げられるに至ったのである。

 するとこんな結果も招いた。医療物資争奪戦に挑んだ、さる地方病院の理事長は、「実は当院のPPEは現在、だいぶ余っている状況」だと打ち明ける。感染症指定医療機関ではない同病院では、COVID-19が流行してすぐは、感染症の実態がなかなかつかめなかったこともあり、感染者を集めたゾーン以外ならそこまでの重装備は必要ないなどという発想には至らず、ある意味、PPEの過剰な使い方をしていたという。

 それで在庫が減っていく中、徐々に使い方を変えていったところ、厚労省の通達に慌て、物資をかき集めた。既に、地域の感染状況はとっくに収束しているため、当面、だぶつく在庫を使用する見込みはなく、「通常相場よりも高値でそろえたので、冷静に判断すればよかった」と、理事長は悔やむばかりだ。世間では一時、COVID-19の拡大に伴う品不足を恐れてトイレットペーパーの買い占め騒動があったが、「うちも含め医療機関でも同様なことが起きたということ」と自嘲して見せた。

厚労省主導でPPE使用のガイドライン作成を

 不足する医療物資を巡っては、安倍晋三首相が先月24日の新型コロナウイルス感染症対策本部で、「医療現場に一つでも多くの医療防護具を届けるため、状況把握システムの構築、体制整備を早急に進めてもらいたい」と指示していた。それを受け、厚労省では5月に入り、病院および PCR 検査を行う診療所の計約8000施設を対象としてウェブ調査を実施し、医療用物資の備蓄のひっ迫状況を毎週把握した上で、在庫が著しく不足している医療機関には、同省から直接、緊急配布。それ以外には医療機関の要請に応じ、追加的に都道府県から物資を配布する仕組みを構築した。現在は、同省のウェブサイト上に、「医療機関に対する政府確保分のマスク等の医療用物資の配布状況及び今後の配布予定について」と題した実績報告が週次で掲載されている。

 こうした仕組みが構築されているなら、もう安心なのか、第2波にも備えられるのかと言えば、答えは明らかにノーである。厚労省の構築した仕組みは、突っ込みどころ満載だからだ。

 第1に、ウェブ調査では、各医療機関に対し、在庫量、想定消費量、購入予定量などを週次で答えてもらっているが、想定消費量や購入予定量は各医療機関の判断に委ねられていてルール化されていない。従って、そこから第2波に備えて、全国の医療機関でどの程度の備蓄を用意しておくべきかを導き出すことはできない。「足りないから頂戴」と言っているところに、求めに応じた分量を配るにすぎないのだ。しかも毎週報告してもらう必要があり、在庫数に応じて自動発注するシステムなどとは一切、連動していない。

 第2に、都道府県を通じての配布も、一向にルール化されていないまま、今に至っているため、公平さに欠けているのではないかなど、医療現場の不満はぬぐえていない。

 第2波に備えては、まず有事の際のPPE使用のガイドライン(GL)を厚労省主導で作成する。新興感染症に対し、どれだけの対策をすればいいのかについては、感染症専門医以外はなかなか正しい知識を持ち合わせていないとされているのも事実。だからこそ、先に見た地方の病院では、当初医療物資を過剰に使い過ぎ、なくなれば不安にかられ、買い占めに走って、高値でつかんだものの、余らせる結果となってしまった。多発した医療物資争奪戦の背景には、同様に知識不足からのパニック買いも少なからずあったとみられる。

 GLを作成したら、厚労省は地域ごと人口動態などを踏まえて想定し得る患者予測数を算出して、GLに応じた医療用物資の使い方をした場合のPPE必要総数を試算。そしてそれをどの医療機関にどれだけ配分するかを病床数や医療機能などに応じて、ルール化する。

 国全体で必要となるPPEの総量が判明した後は、経産省の出番だ。国内外のメーカーと掛け合って、備蓄枚数を確保する、もしくは必要になった際に急きょ製造してもらう契約を取り交わす。加えて、その後の医療機関への流通ルートも確保しておく。

 以上のように厚労省と経産省の連携プレーは欠かせないだろう。また、リアルタイムでニーズを拾って、自動発注システムがかかり、もし全体の供給量が不足していれば、AI(人工知能)がその都度、臨機応変に医療機関への配分ルールを調整する、といったことまで進めば理想的といえる。そこには民間の力を上手に活用することが欠かせない。

 とはいえ、厚労省と経産省は縄張り争いがひどいし、産業振興を後押しする経産省は積極的に民間活力を使っていく方向であるのに対し、厚労省は何かと自前でシステムを作りたがって、民間をうまく活用しない傾向がある。だから一筋縄ではいかないのでは──。

 筆者のこれまでの取材経験からはついついそう思いがちなのだが、どうやら杞憂のようで、そう遠くない時期に厚労・経産とで第2波に備えた医療用物資の確保に関するプロジェクトチームが立ち上がる方向だ。その協議の行方を見守りたい。

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