6月11日、厚生労働省のホームページに「令和元年度タスク・シフティング等勤務環境改善推進事業の実施団体の公募について」という資料が掲載された。長時間労働が常態化している医師の働き方改革を目指す厚労省。勤務医の負担を軽減するための対策の一つが、必ずしも医師でなくても可能な業務を他の医療職に移管する「タスク・シフティング」だ。医師の働き方改革における重要テーマとなっている。

 上記の資料は、タスク・シフティングを進めて、勤務環境改善に取り組む医療機関に補助金を出すので、対象医療機関のとりまとめ役を担う事業者(民間団体など)を募集するというもの。当該事業者は、補助金を受けた医療機関の具体的な勤務環境改善策や効果測定データを収集し、後に分析結果や好事例をまとめ公表する必要がある。先進的な事例を集めて紹介することで、他の医療機関が自主的に同様の取り組みを行うよう促すのが厚労省の狙いだ。補助の対象となる医療機関には3億1814万9000円(上限額)を、取りまとめを担う事業者には事業経費として1720万円(上限額)の交付を予定する。

医療従事者の働き方改革推進に15億円

 もともと厚労省は医師をはじめとした医療従事者の働き方改革を進めるために、今年度の予算として15億円を計上。2018年度の同予算は6億9000万円だったため、一気に跳ね上がったことになる。タスク・シフティングによる勤務環境改善を行う医療機関への支援以外にも、表1に示す通り、各都道府県に設置された「医療勤務環境改善⽀援センター」による医療機関の訪問⽀援、看護業務の効率化に向けた取り組みの推進──などを実施する方針だ。

表1●医療従事者の働き方改革推進に向けた2019年度予算の内訳(カッコ内は2018年度予算)
(出所:平成31年度厚生労働省予算案の主要事項)

 残業時間規制などを柱とする働き方改革関連法は今年4月に施行。だが、医師には2024年から適用されることになった。厚労省は今年3月末までに、残業時間の上限を、一般の医師は「年960時間(月平均80時間に相当)」とする一方、地域医療の維持に不可欠な病院に勤務する医師や技能向上のために集中的に診療が必要な研修医らは、2035年度までの特例で「年1860時間(月平均155時間に相当)」とすることを決めた。地域医療の維持に不可欠な病院は、救急車の受け入れが年1000台以上の二次救急病院など一定の要件を設け、都道府県が選定する。

 上限超えの医師が1人でもいれば雇用側に罰則が科せられる。それゆえ、2024年4月の規制が適用されるまでの間に、医療現場には医師の過酷な労働環境を変える改革を断行してもらう必要がある。そのため、行政としてできる限り支援するというのが厚労省の立場。だからこそ医師をはじめとした医療従事者の働き方改革に関する予算も昨年に比べ倍増以上の金額を確保したわけだ。

医師の長時間労働の背景にある業務・組織のマネジメントの課題

 ではこの予算をどう見るか。筆者は正直言って「手厚い」と感じている。

 遡ること5年前、2014年施行の改正医療法に基づき、各都道府県に「医療勤務環境改善⽀援センター」の設置が決まった時点で、筆者は医療従事者の「厚遇ぶり」を感じていた。同センターは勤務環境の改善に取り組む医療機関を支援する組織で、社会保険労務士や医業経営コンサルタントなどの専門家が、医療機関からの相談に応じたり、必要に応じて助言を行っている。

 医療機関で働く人に限って勤務環境を改善するため支援組織が全国にくまなく公的機関として置かれる。これは極めて異例だ。その他の働く人々に関して、同様のセンターは存在していないのだから。

 各都道府県に専門の公的機関を設置しなければならないほど、医師をはじめとする医療従事者の労働環境は劣悪であり過酷である側面を、筆者もこれまでの記者生活でずいぶん見てきた。身近な人間にも激務に追われる医師がいて、どんな生活ぶりかは比較的よく分かっているつもりだ。

 ただ、医療機関では労務管理がおろそかになりがちなのも事実。特に医師の労働時間管理は満足に行われておらず、雇用契約時にはざっとした年俸を提示して「これで働いて」とするのみ。そんな例は枚挙にいとまがない。

 医療機関では労務管理がぜい弱だからこそ、医療勤務環境改善支援センターには社会保険労務士が配置され、専門的アドバイスを行っている。それでもまだ足りないので、厚労省は今年度、医師の働き方改革に向けた地域リーダー育成や病院長研修を実施するための予算などを積み増したと言える。図らずも、医師の長時間労働の背景に個々の医療機関における業務・組織のマネジメントの課題があることは、医師の働き方改革を議論する厚労省の有識者検討会が今年3月末にまとめた報告書でも触れられていた。

コスト増は診療報酬で賄うべき!?

 医師をはじめとした医療従事者の働き方改革に15億円の予算を計上した厚労省。さらにその上、医療団体からは診療報酬上での支援を求める声も相次いでいる。

 実際、診療報酬を検討する中央社会保険医療協議会(厚生労働相の諮問機関、中医協)では、5月29日に開いた総会で、医師の働き方改革に関する診療報酬上の扱いについて激しい議論が繰り広げられた。

 「今年4月から働き方改革関連法が施行されたことで、医師以外は勤務体系が変わってきている。夜勤スタッフ確保のためにコスト(人件費)が高騰し、病院経営は厳しさを増すばかり。全病院に共通する入院基本料の引き上げなどを考えるべき」。こう強く主張したのは、診療側委員の猪口雄二氏(全日本病院協会会長)。これに対し、支払側委員の幸野庄司氏(健康保険組合連合会理事)は「違和感を覚える」と不快感をあらわにし、「全ての企業で働き方改革が行われる中、経営トップがマネジメント改革をするところから始めており、入院基本料の引き上げや加算の創設は到底認められない」と、真っ向から反論した。

 診療報酬を負担するのは、国と保険者、そして患者本人だ。医師をはじめとする医療従事者の働き方改革に伴うコスト増を診療報酬で手当てするとなれば、結局、国民の負担が増えることになる。

 自分たちの取り組みに無駄はないのか、生産性を上げるために工夫の余地はないのか、できる限りの手は尽くしたのか──。医療団体は、診療報酬引き上げを求める前に、これらを確認し、医療現場でできることをまずはとことんやりぬく姿勢が肝心ではないかと筆者は感じている。

 診療報酬に関して言えば、1998年以降、改定率はマイナスかごく微増にとどまる。診療報酬改定に振り向けられる財源がなければ、報酬項目のどこかを削り、その分を引き上げが必要な個所につけ替える作業が数多く必要になる。

 改定の原資が限られる中、点数の引き上げや加算の創設など、評価が拡充されるのは、基本的に現場発で効果を上げている取り組みに対して。一例として、「メディカルクラーク」などと呼ばれる医師の事務作業を補助する職員を配置した場合に算定できる「医師事務作業補助体制加算」は2008年度診療報酬改定時に新設されたが、これはその報酬がつく前から、実際にクラークを配置して、勤務医の負担軽減に効果を上げる病院があったため。「診療報酬は努力したら報われるべきもの」というのが厚労省のスタンスなのだ。

 医師の長時間労働の背景にある個々の医療機関における業務・組織のマネジメントの課題に徹底して向き合い、結果を出している。それでもなかなか採算が取れず苦しんでいるようなら、その先に診療報酬の手当てが検討される。そんな順番しかないはずではと筆者は考える。

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