ここ数年来、薬局をめぐる状況は一変

 話は変わるが、筆者は20数年前の記者駆け出しのころは、専ら薬局・薬剤師の取材をメインに行っていた。親戚縁者に薬局関係者がいるわけではなく、まったく知らない世界のため、当初は右も左も分からぬまま、あちこち駆けずり回っていた。日本薬剤師会(日薬)の定例会見にも顔を出していたが、そこでは毎度、日薬の専務理事が、医師が出した処方箋をもって同じ敷地・建物にない薬局で薬剤師が調剤する、いわゆる「医薬分業」の普及率(医薬分業率)を発表するところからスタートするのが常だった。前月実績を示し、どれだけ普及が進んだのかを報告するのだ。

 厚生省(当時)が37のモデル国立病院に対して完全分業(院外処方箋受取率70%以上)を指示したのが1997年。筆者が日薬を取材するようになったのはちょうどその頃で、それ以前の分業率は3割に満たなかった。ところが、このモデル事業を機に医薬分業は急速に進展し、2003年に初めて全国の医薬分業率が50%を超えた。この間、上昇し続ける医薬分業率を報告する日薬専務理事の表情はいつも喜色満面だったものだ。

 そして、医薬分業が進むにつれ、薬学教育改革話も持ち上がる。医療技術が高度化していることも踏まえ、臨床に強く、高い資質を持つ薬剤師を養成するために、薬学教育を6年制にする案が浮上し、前述の通り、2006年度に実現した。

 薬学教育6年制は日薬の悲願でもあった。医師、歯科医師と並ぶ養成教育年限にこだわりがあったのだ。見事それを手中に収めた当時の日薬はかなり勢いづいていた。

 しかしここ数年来、状況は一変した。日薬にとって冷たい風が吹きすさぶばかりである。

 医薬分業率は現在、7割を超える。だが、これまで政策面で支援されてきた医薬分業を行政が後押ししない方針へと転換した。同じ薬を受け取るにしても『院内処方』よりも、病院外にある薬局向けに『院外処方』された薬の方が、患者が支払う額が高額になっているが、厚労省はその価格差を縮小。それどころか、患者の利便性を考慮し、2016年10月には病院の「敷地内薬局」を解禁したのだ。

 薬局の薬剤師が医療機関から完全に独立し、医師の処方ミスや過剰投薬を指摘しやすくするのが医薬分業の本旨。ただ、その実態は、医師が出した処方箋をもとに単に薬を調剤して渡すことに終始する薬局が多い。肝心の薬局薬剤師は、薬学教育が6年制になったにもかかわらず、相変わらず医師に物言えぬまま。それなら、患者にしてみれば、わざわざ病院を出て薬をもらいにいくのは面倒だし、お金も余計にかかるのでメリットはない。国も財政事情を踏まえれば、膨らみ続ける調剤医療費に歯止めをかけたいところであり、もはや医薬分業を積極的に進める必要はないと判断したと言える。

 英国や米国では一定の条件の下で、薬剤師が処方権を持ち、インフルエンザなどの予防接種を行うことも認められている。日本でも、医薬分業が急速に進展し、薬学教育が6年制になれば、薬局薬剤師の業務内容はおのずとそうした英米の薬剤師の果たす役割に似通ってくることも十分考えられたが、それは遠い夢の話である。

 ここで一つ裏話を披露すると、厚労省にいる医師免許を持った医系技官には、医薬分業否定論者が少なくない。実際、今は同省を離れたが、かつて要職についていた元幹部が、次のような内容を真顔で語るのを筆者は何度となく聞いている。

 「医師は処方する際に、患者にどんな薬を出すのか説明しているのだから、薬局の薬剤師が加えて患者に話す必要はない。そもそも薬剤師の臨床教育は不十分で、現在、医師の働き方改革の一環として、看護師や薬剤師に医師業務の一部を移管しようとする動きが進むが、薬剤師にはとてもではないが任せられない」──。薬剤師は完全に見くびられてしまっている。

 二十数年前はイケイケどんどんだった日薬は今、何を思い、そしてこれからどうするのか。手をこまぬいていられないのだけは確かだろう。

(タイトル部のImage:kichigin19-stock.adobe.com)