「健康経営は第2ステージに入った。これまではいろんな取り組みをまずはやってみようというレベルで行っていた企業も、これからは本格的に質が問われ、社員が享受する価値を最大化することが求められる」──。

 経済産業省が7月19日に開いた政府の次世代ヘルスケア産業協議会の作業部会。この日の会合は同省商務・サービスグループ政策統括調整官・江崎禎英氏のそんな締めの言葉で終了した。筆者は確かにそうだなとつくづく感じさせられた。

 健康経営を取り巻く状況はここ数年来、大きく変わりつつあった。そのけん引役はほかならぬ経産省だ。

 社員の心と体の健康増進に会社が積極的に関わることを指す健康経営が日本で大企業を中心に注目を集めるようになったのは、今から5年ほど前のこと。政府は2014年6月に策定した「『日本再興戦略』改訂2014」の中で、健康経営の普及を明記した。従来、健康管理は個々の社員の自己責任で手がけるという認識が一般的だった。だが、若年層の人口減少に伴って人手不足が深刻化する中、社員の健康こそが会社の競争力を高め、生産性向上につながるとして、取り組みを促した。

 この政府方針を受け、経産省では2014年度から東京証券取引所と共同で、健康経営に取り組んでいる上場企業を「健康経営銘柄」として選定。2016年度には、日本健康会議とともに、未上場企業や医療法人などの法人も対象にした「健康経営優良法人認定制度」をスタートさせた。

 こうした顕彰制度のかいあって、健康経営に取り組む企業の裾野は徐々に拡大。すると、経産省は一昨年ごろからこんな主張を積極的に展開し始めた。

「企業が健康経営に取り組めば、組織が活性化して生産性のアップにつながるのはもとより、結果的に業績向上や株価向上につながることが期待される」──。

 こう声高に訴える根拠はあった。同省は、健康経営銘柄に選定された企業情報を公表しているが、その結果、証券会社などの分析が進んで、健康経営と企業業績や収益性の関連性が明らかになってきたのだ。例えば、三菱UFJモルガンスタンレー証券の調査によると、健康経営銘柄は価格変動比率(ボラティリティ)が低く、純資産より純利益での株価対比の割安度が高かった。

 健康経営に取り組む企業は株価パフォーマンスが高いとなれば、投資家にとって魅力的な投資先につながり、その企業価値はますますアップすることになる。

 そうした事情を背景に、昨今の経産省はより分かりやすい表現として、「健康経営の実践は外部からの投資を呼び込めるチャンス」といった内容を積極的に打ち出していた。

費用対効果が見えにくく実施に二の足を踏む企業

 もっとも、外部からの投資につながるのは中長期的な話である上、必ずしも期待していたような結果が出るとは限らない。そもそも健康経営を巡っては、「費用対効果」が見えにくいとして、実施に二の足を踏む企業も少なくない。

 そこで経産省は動いた。その内容が垣間見えたのが、冒頭に記した7月19日開催の作業部会においてだった。

 この日の議論の中心テーマは、今年実施する健康経営度調査(健康経営銘柄や健康優良法人制度の選定時に行う調査)の中身について。事務局の経産省からは幾つか設問の追加や削除の案が出されたが、中でも筆者が目を見張ったのが、「健康投資」に関わる設問の拡充ぶりだった。

 健康投資とは、企業が従業員の健康促進に向け、どれだけ投資したかを示すもの。昨年までの調査票ではどんな取り組みを実践しているかを選択肢の中から選ばせ、それが外部委託事業者を活用したものならば、最も委託金額が大きかった1事業の金額のみを答えさせていた。ところが、今年の調査票は、実践している取り組みの全てについて、企業内での実施なのか、外部委託事業者を活用しているかなどを分けて答えさせ、かつそれら一つ一つの実践項目にかかった金額をそれぞれ記入させるスタイルに変更。参考として、企業による健康投資(外注)の具体例を載せた資料まで示していた。

図1●経済産業省が参考資料として示した企業における健康投資(外注)の具体例(出所:経済産業省「第21回健康投資WG事務局説明資料[2019年7月19日]」

 経産省によると、この調査項目の見直しは、企業の健康投資の金額や内容を「見える化」するために必要な取り組みだという。

 この時点で、筆者は「そう来たか」と思わずにいられなかった。「健康経営にはお金がかかりそう。だからやらない」といった企業も少なくない中、企業の健康投資の金額や内容を「見える化」することで、実際、健康経営で実績を上げているところはどれだけお金をかけているのかをつまびらかにするために調査項目をこれだけ大がかりに変更したのは明らかだった。というのも、現在、政府・与党内では企業の健康投資を促すために投資に見合った税制優遇措置など何らかの経済的インセンティブを導入していく考えがあるからだ。

 経済的インセンティブを設けるに当たっては、従業員に対する健康管理への投資を企業の会計書類に反映する仕組みも必要となるが、経産省ではこれから年度末にかけて「健康投資管理会計ガイドライン」を整備して、企業にその遵守を促していくという。つまり、このガイドライン作成に向けて、まずは企業における健康投資の実態を把握するために調査内容を拡充した面もあった。

 本格的に健康投資管理会計の導入が進めば、健康経営の投資に対する質が問われることになる。経産省の江崎氏が言う通り、健康経営は第2ステージに入ったとみていい。

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