見事なショッキング戦法である。だが、それが奏功するかは神のみぞ知るのかもしれない。

 厚生労働省の20〜30代職員を中心とした「改革若手チーム」は8月26日、同省の業務・組織改革のための緊急提言をまとめ、根本匠厚労相に手渡した。その中身は同省のホームページに掲載されており、提言書本体と概要の2種類がある(写真1)。まだ見ていない方がいれば、ぜひのぞいてみてほしい。特に注目したいのは概要版の方だ。

写真1●厚生労働省改革若手チームがまとめた緊急提言の本体(左)と概要版(右)(写真:Beyond Health)

 「厚生労働省を変えるために、すべての職員で実現させること」と銘打った表紙の背景に広がるのは、薄青色から赤色へと変わるグラデーション。恐らく暗闇からさっさと脱け出して光り輝く明るい職場へ向かいたい意図を表したのだろう。

 概要版をめくっていくと、筆者は少々、いやかなり驚かされた。デザイン性に富み、見やすく、分かりやすく、そしてインパクトが強い。通常の役所の文書とは明らかに異なる作りとなっている。

 例えば、表紙の次に来る1ページ目は「若手チームに届けられた、一部の職員・元職員からの声」に始まる(図1)。もともとこの改革チームでは、提言をまとめるに当たり、本省職員約3800人を対象にアンケートを実施し、延べ2267件の回答を集めた。各人事グループの幹部や若手職員ら243人のほか、退職した若手の元職員14人などにもヒアリングを行い、職員らの労働実態や職場環境の問題点を洗い出したという。

図1●若手チームに届けられたという一部の職員や元職員からの悲痛な叫び(出所:厚生労働省改革若手チーム緊急提言、図2とも) 

 そのアンケートなどを通じて得られたコメントをピックアップして掲載したわけだが、そこに並ぶのは悲痛な声の数々。

・「生きながら人生の墓場に入ったとずっと思っている」(大臣官房、係長級)

・「毎日いつ辞めようかと考えている。毎日終電を超えていた日は、毎日死にたいと思った」 (保険局、係長級)

 なんてかなりドキッとする発言で、インパクト十分である。実際、多くのメディアがこの部分を切り出して報道していた。

“やりがい搾取”をあぶり出し世間の耳目を集める

 そして、提言の中では厚労省が抱える組織的・構造的課題も列挙(図2)。これらの課題によって、「個人のモチベーションや組織のパフォーマンスを下げ、労働環境を一層悪化させている」と説く。言うなればブラックすぎる職場なのだ。

図2●厚労省が抱える組織的・構造的課題

 提言に示されたブラックの実態は、民間企業では既に解決が進んでいる課題も多く含まれている。例えば、いまだに厚労省では出勤簿が紙ベースで管理されていたり、幹部の予定が毎日手書きの予定表でまとめられていたりで、デジタル化が進んでいない。また、そんな手書きの出勤簿に基づく給与支給事務については、各部局の書記室ごとに担当者を置き、各部局それぞれで同じ業務を行っているため、人員の無駄が生じてしまっている。ここでこれ以上は触れないが、時代錯誤も甚だしく驚く内容のオンパレードである。

 それだけひどい実態にありながらも、若手改革チームは希望を捨てていない。「厚労省で働く職員の誰もが、入省当時、厚生労働行政分野に課題意識と期待を持ち、ここでしかできないことがあるという思いで、厚労省の門を叩いたはず。だからこそ今こそ組織が一丸となって、職員一人ひとり改革を意識し、行動していくべきだ」として、数多くの具体的な提案を行っているのだ。

 先のデジタル化の遅れに関しては、勤怠管理システムの改修やスケジューラーの活用によって省人化する。「暑い、暗い、狭い」と負の三拍子で、“拘牢省”とも揶揄される悪評高いオフィス環境の改善に向けては、他省庁を参考にしたフリーアドレス制やオープンスペースの導入を進めていく。

 また、省庁独特の仕事として、議員への説明や質問の調整、答弁書の作成などがあるが、議員本人や議員秘書などに対する政策説明(通称:議員レク)は、スカイプなどのオンラインネットワークを活用。さらに、夜遅くの質問通告や、質問通告をしておきながら、実際には質問しなかったという“空振り”案件が生じることのないよう、議員別の質問通告時間・空振り答弁数を分析して公表するという方策も打ち出した。どれほど無理・無駄を生じさせているのか白日の下にさらされることになる議員にとっては恐怖だろう。

 どの提案も至極ごもっともで、確かにその通り進めていくべきだという内容がずらりと並ぶ。そのせいもあるのだろう。厚労省の現状に対して、働き方改革を先導する官庁でありながら、“やりがい搾取”に値することが許されるはずもないといった論調の報道は少なくなかった。これで世間の耳目を集めたのは間違いない。

かつては大山鳴動してあの大臣が……

 この若手改革チームの緊急提言について、筆者が複数の厚労省高官やOBに話を聞いたところ、皆、「やり口は見事」という評で一致した。

 「世の中の共感者を集めてムーブメントにしていこうという思いがひしひしと感じられる」とは、さる厚労省高官の弁。また数年前に厚労省を飛び出した元幹部はこんな風に語った。「本来あるべき業務を全うしたいから、環境を整えてほしい。そんな青臭さを前面に押し出して、世間の注意喚起を図り、組織改革せざるを得ない状況に持ち込んだ。彼らはいわば外堀から埋めていく作戦を取った」。

 そう、今回は外部の力を借りて改革の原動力としている点で、目新しさがある。筆者もその思いが強い。一体どういうことか。

 端的に言うと、厚労省の組織改革・業務改善話は、またぞろ飛び出したお馴染みのネタでしかない。今回の緊急提言の中には、「過去の『厚生労働省改革提言』の反省と改善点」という項があるのだが、以下に一部を引用する。

・振り返ると、過去には、外部有識者による厚生労働省改革に関する提言書のほか、省内においても職員有志による業務改善チームが幾度となく立ち上がり、その時々の職員の声を反映した提言がとりまとめられてきた。いずれも、その方向性や改革案はこの緊急提言と共通する部分も多い。

・しかしながら、こうした過去の提言は、いくつかの改善実績があるとは言え、総体としてみれば、実現された内容は乏しく、実効性は不十分だと言わざるを得ない。

 図らずもここに触れられている通り、過去には、外部有識者を交えても、省内職員有志だけでも何度となく業務改善のためのチームを立ち上げては提言をしてきた。最近の例では2017年1月に設置された「厚生労働省業務改革・働き方改革加速化チーム」が同年5月に中間取りまとめを作成。そこにはご丁寧に、厚生省と労働省が統合されて厚生労働省が誕生した2001年からの改革の歴史も事細かに書いてあるので、興味があれば見てみるといいだろう。

 そんな繰り返しの歴史の中で一向に苦しい職場環境が変わらずにきたのが厚労省なのである。そのため、今回の若手チームの緊急提言に対しても「いや、どうせ変わらないでしょ」と冷めた見方をする向きは、やはり省内外に多い。

 それでも、今回の緊急提言はインパクトが強いこともあって、メディア露出が多かった。だから「山」が動く可能性は当然ある。ただ、ここで筆者は、とあるケースを思い出す。2009年に実現した民主党への政権交代で誕生した長妻昭厚労相の時代に、同省内には業務の効率化などを目指し若手プロジェクトチーム(PT)が発足。そこで起きた事件のことだ。このPTは業務改善案をまとめる過程で、省内職員を対象に長妻厚労相ら政務三役に関するアンケートを実施。すると、「おごりを感じる」という回答が48%に達したほか、「納得のいく指示が出されている」との回答はわずか1%と、散々な結果だった。

 この調査結果も世間に大きく報道され、話題になった。ちなみに、今回の若手改革チームの緊急提言は、恐らくこのとき以来の騒がれようである。だが、長妻厚労相時代のPT報告がもたらした結末はといえば、職員にこれだけ嫌われるトップのマネジメント能力には問題があるとして、次の内閣改造で長妻氏が大臣の座を追われることになった。確かに、ある意味、山は動いた。さりとて、厚労省という巨大組織の職場環境はほぼ何も変わらず、鼠一匹ならぬ、大臣一人が飛び出したにすぎなかった。

厚労省はいつ、どうしたら報われるのか

 となると、厚労省は本当に変わるのか、変われるのかという疑問がつきまとう。

 厚労省の職場環境が劣悪を極める最大の理由は、他省庁と比べて突出した業務量の多さにある。実際、どの程度の違いがあるのかといえば、単純に仕事量だけ見ても多いが、図3の通り、職員1000人当たりで捉えても、国会答弁回数、所属委員会出席時間、質問主意書答弁数、審議会の開催回数や訴訟件数は全ての省庁でトップで、人員が不足していることが分かる。

図3 ●主な省庁の業務量比較(出所:自民党行政改革推進本部資料)

 では、なぜ厚労省の業務量が断トツに多いのか。それは、同省が所管する範囲があまりに幅広く、かつ国民の関心が高く、しかも前に進めようとしても対立を生む構造となってしまっている点が挙げられる。年金・医療・介護・福祉に労働行政で、例えば年金問題を見てみよう。この先、年金を増やすか減らすかと言えば、国の人口構成や財政事情を踏まえれば、受給総額を減らすということにならざるを得ない。ところが、減額案をぶち上げたら、世間の反発を招くのは必至のため、減らす方法にも考えられるだけの工夫を凝らす。それでどうにか政治家の了承を取り付けて、法案の提出の準備を進めても、政治家は国民の顔色をうかがい変節するのが常で、いつの間にか国会審議がもめにもめて、結局、法案提出を断念することになる。そして振り出しに戻ってまた議論を始める。そんなことは頻繁に起きている。

 政策を前に進めようとしても暴風雨にさらされ、終始、四方八方から揚げ足取りをされる可能性もあるため、半端なく緻密な条文を作り上げていかなければならないなどの業務を背負っている厚労省。とはいえ、これは同省の宿命であって、国民の生活に密着した厚生労働行政の果たすべき役割が大きいからこそ、多くの職員は仕事に「誇り」を持ち、やりがいを感じている。

 だとすれば、決してやる気をそぐことのないよう、まず政治家は厚労省の人員を増やしたりデジタル化を進めるための予算をつけたりするなど、できることを確実に進めていくべきだろう。政治家の「ムダ・ムリ・ムラ」の横行による厚労官僚の浪費も避けなければならない。そのチェック機能を果たすのは、国民をおいてほかにない。

 今回の緊急提言では、2020年度までに主な内容についての実施を目指しているという。それを後押しするのは、結局、国民一人ひとりの力であって、10年後も同じような提言がなされることのないよう努める必要がある。

(タイトル部のImage:kichigin19-stock.adobe.com)