今夏の厚生労働省幹部人事にちょっとしたサプライズがあった。医療提供体制や臨床研究の施策をつかさどる医政局の局長ポストに、医系技官の迫井正深氏が就いたのだ。

 医系技官とは、医師免許を持つ技術系行政官のこと。省内や地方自治体、WHO(世界保健機関)などの海外の関連機関で医療や健康に携わるポストを担い、その専門性を生かして医療現場の課題を政策に落とし込む役割を持つ。

 厚労省のキャリア官僚は、旧国家公務員I種試験(現在の総合職試験)に合格した事務官と、医系技官に大別され、両者で主要な幹部ポストを分け合っている。

 事務官の最高ポストが事務次官であるのに対し、医系技官の最高ポストは2017年7月に事務次官級として新設された医務技監だが、かつては医政局長と健康局長だった。医政局長の方が格上で、省内の位置づけとしては、医政局長は、事務次官の登竜門とされる保険局長に匹敵するポストといわれる。

 ところが2009 年、当時の舛添要一厚労相が医系技官の聖域に切り込むとして人事慣行の見直しを断行。医政局長から医系技官を引き剥がし、事務官を異動させた。その後、医政局長は2012 年にいったん医系技官に戻されたものの、2014 年には再び事務官の手に渡り、今夏まで事務官が続いた。

 2009年以降、医政局長となった6人の事務官のうち2人は事務次官に昇進した。片や、医政局長の座を追われた医系技官には、事務官ポストの保険局長や老健局長の座が用意されたこともあった。だが永続的ではなく、退けば次には元通り事務官が就任した。このまま医系技官は冷や飯を食わされるのではとみる向きもあったものの、前述の通り2017年7月には事務次官級の医務技監が新設。医系技官にとって喜ばしいニュースだったが、これで部局最高峰の保険局と医政局のトップの座は、恐らく医系技官には回ってこないと目されていた。

 それが今回の人事で迫井医政局長が誕生し、医系技官が医政局長の座を6年ぶりに取り戻したのだから、省内からは驚きをもって受け止めたり、同ポストから事務官が外れたことを嘆いたりする声も聞かれた。ちなみに医務技監についても初代の鈴木康裕氏が退任し、福島靖正氏が2代目となった。