菅義偉内閣が発足した。「本当によかった、これで仕事がやりやすくなった」──。筆者がよく知る厚生労働省の幹部らからは、専らそんな歓迎の声が聞かれた。裏を返せば、安倍晋三前政権下は、厚労官僚にとって仕事がやりにくかった環境であったことを意味する。

 多くの報道にある通り、安倍内閣では官邸に詰める「官邸官僚」が影響力を行使した。中でも、経済産業省出身の総理秘書官らが大きな権限を持っており、経済政策「アベノミクス」をはじめとする官邸主導の政策立案を推進。それゆえ7年8カ月続いた第2次安倍政権は「経産省内閣」と揶揄されることもあった。

 そうした状況を厚労省は苦々しく受け止めていた。

 時を遡れば、第2次安倍政権誕生前の民主党政権時代、厚労省は戦後初めてとも言える重用を受けていた。社会保障の充実を看板に掲げた民主党政権においては、財務・外務・経産・警察で固められた総理秘書官の一角に厚労官僚が食い込み、副総理や官房長官の秘書官にも就任。歴史的快挙に省内は湧き、一時、意気揚々としていたことが思い起こされる。

 だが、民主党政権は短命に終わり、第2次安倍政権が誕生すると、再び厚労省は総理秘書官ポストを失った。安倍氏にとって同省は信頼の置けない、ある意味、憎き相手。第1次政権の際には、旧社会保険庁による、いわゆる「消えた年金」問題で、民意の離反が起きて参院選に惨敗し、退陣に追い込まれた経緯があるからだ。だからこそ距離を置き、実際に医療をはじめ社会保障の立ち位置は経済財政に後れを取ることになった。

 そこからは「冷や飯食いが続いた」とはさる厚労官僚OBの弁。新型コロナウイルス感染症対策でも、全住戸への布マスク配布は象徴と言えるが、経産出身の官邸官僚の不可思議な政策提言にどれだけ振り回されたことかと嘆く。