高齢化の進展や医療技術の進歩などによって、公的な医療保険の給付費は膨らむばかり。その抑制策の一つとしてよく挙がるのが、「アウトカム評価」の導入だ。これは治療項目ではなくて、治療の成果によって、公的医療保険から医療機関に支払われる診療報酬を決めるというもの。

 診療報酬上、既にアウトカム評価は取り入れられているものの、まだほんのごくわずか。医師の技量が問われ、結果を出さなければ報酬が減るから、日本医師会が導入に反対しているのだろうなどと、もし思っているようなら、それは少し違う。アウトカム評価が進まないのには別の大きな理由がある。

 そもそも診療報酬は、医療の質に応じて決められている。一般に医療の質を評価する方法としては、良い診療を受けるための設備や人員がそろっているのかを見る「ストラクチャー評価」、医療者により実施された診療やケアが正しく行われているのかを見る「プロセス評価」、そして診療・ケアにより実際に得られた効果を見るアウトカム評価の三つがある。

アウトカム評価導入は医療費抑制につながる?

 現在の診療報酬は圧倒的にストラクチャー評価が多い。例えば、看護職員1人に対する入院患者の人数の割合などによって、入院基本料は数段階に分かれている。また近年は、「良い医療」の標準である診療ガイドラインの策定などが進むことによって、プロセス評価も相当増えてきた。早期リハビリテーションの開始を評価した報酬はその一例だ。

 では、アウトカム評価はどうなのか。診療報酬にアウトカムに着目した要素が初めて入ったのは2008年度診療報酬改定時。リハビリをメインで行う病棟に入院した場合に算定する回復期リハビリ病棟入院料について、重症者の日常生活機能が退院時に一定程度改善されている場合、加算を算定できるようにしたのだ。その後、慢性期の患者が入院する療養病床で算定可能な加算の基準に褥瘡(じょくそう:床ずれ)の発生率が加えられるなどしたが、主なアウトカム評価は数個しかない。

 もっと大胆にアウトカム評価を導入すれば医療費の抑制につながるのではという意見は当然あるだろう。手術なら成功した場合のみ評価するというのはあまりに極論だろうが、現実的な路線としては、例えば、禁煙指導時に算定できるニコチン依存症管理料であれば、禁煙の成功率を要件とする。あるいは財政へのインパクトを考え、患者数が多い高血圧などの生活習慣病の患者に対して、降圧薬を中止しても、その後の血圧が安定していれば、何らかの報酬が算定できるようにするといったやり方だ。

「アウトカム評価の拡大は慎重に」

 だが、「アウトカム評価の拡大は慎重に」というのが厚生労働省のスタンスである。なぜか。10月11日に行われた「クロスヘルスEXPO2019」(日経BP主催)のシンポジウム内で、同省の鈴木康裕医務技監はその理由をこう明かしていた。

 「状態がほとんど変化しない病態や、治療効果を見る良い指標が存在しない疾病にはアウトカム評価の導入は不可能。また、いわゆるクリームスキミング(いいとこ取り)が起きて、医療機関が治りやすい患者だけを集めてしまう可能性がある」

 確かにその通りだろう。ただ、鈴木氏は「一部のアウトカム評価は非常に重要」と加えるのも忘れなかった。

 実は、このセッションには、経済産業省の江崎禎英政策統括調整官、財務省の宇波弘貴主計局次長、そして日本医師会の横倉義武会長もパネリストとして参加していた。

「クロスヘルスEXPO 2019」設立記念シンポジウムの様子(写真:渡辺慎一郎=スタジオキャスパー)

 興味深かったのは、鈴木氏の後に続いた江崎氏の発言だ。「医療のアウトカム評価を医師に押し付けるのは酷で気の毒」だとして、「特に生活習慣病の治療評価には患者を関与させるべき。改善効果を上げるのに患者本人が関わらないわけにはいかないのだから」と述べたのだ。

 そう来たか、と筆者は思わず膝を打った。

英国では患者の健康状態に応じた報酬制度に

 他の先進国では、医療の成果主義が既に重視されている。例えば英国の場合、公的医療はフリーアクセスではなく、市民自ら登録を行った総合診療医(GP)にて初期診療が提供されるが、慢性疾患を中心に地域住民を対象として健康状態の改善を示すデータが多く見られる医師には報酬のボーナスが支給されるようになっている。ちなみに、医薬品についても、患者に効果が出れば製薬会社が提案する薬剤費を全額支払うが、効果がなければ不要となるか値引きするといった、成功報酬型薬価制度の導入が進んでいる。

 今のところ、英国のような仕組みが日本に即導入される可能性は低い。だが、財務省の宇民氏は、当然ながら、立場上、財政面を考えてもアウトカム評価を拡大すべきとの考えで、「ただし、エビデンスがとても大事」と述べていた。日医の横倉会長からは特にアウトカム評価の導入に関してのコメントはなかった。

 少し話を整理すると、4人のパネリストのうち、きちんとしたデータに基づくアウトカム評価なら取り入れることに対して異論を唱えた人は一人もいなかった。つまり、診療や指導による改善が期待され、かつ治療効果を見る良い指標がある疾患で、別途クリームスキミングが起きないような方策が講じられていれば、アウトカム評価導入への障壁はないのだ。

 すると、これからの医療現場では、患者の健康状態を常時モニタリングするシステムやePRO(電子的な患者報告アウトカム) への需要がおのずと高まってくるだろう。そのためには、例えば患者にアプリに症状を入力してもらったり、ウエアラブル端末をつけてもらったりするなど、患者の協力が不可欠になってくる。

 経産省の江崎氏による「医療のアウトカム評価に患者を関与させるべき」との発言の真意は、ヘルスケアサービス産業の育成につながるからでもあってのこと。それゆえ、筆者は膝を打ったのだった。

(タイトル部のImage:kichigin19-stock.adobe.com)