2021年度から毎年改定する仕組みに変わった医療用医薬品の公定価格(薬価)。先ごろ、その薬価改定の中味が確定した。事情を探ればいろんなことが見て取れる。

 日本の公的医療保険制度上、保険診療で使われる医療用医薬品は、国が薬価を決めている。実際に医療機関が医薬品卸などから仕入れる薬の値段は、販売競争の影響もあって、通常、薬価よりも安い。差益分はそのまま医療機関の収入となる。

 政府はこれまで2年に1回、薬の「実際の仕入れ値」を調査し、その実勢価格に応じて薬価を引き下げてきた。ところが2016年末に、実勢価格をより迅速に反映して医療費の適正化や国民負担の軽減につなげようと、当時官房長官だった、現首相の菅義偉氏が主導する形で、薬価改定を毎年実施する方針を決定。本格的な薬価改定は従来通り2年に1度のペースを維持しつつも、その間の年においても、「中間年改定」として薬価と乖離幅が大きい品目については、値段を下げることにした。中間年改定は2021年度から実現の運びとなり、迎えたのが今回の改定であった。

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 現首相の肝いりの施策とはいえ、史上初となる中間年改定の中味を詰める作業は難航した。焦点となったのは引き下げ品目の範囲だ。予算配分に関わる事項のため、最終的な結論を下すのは政府だが、そのための材料出しをする役目は厚生労働省が担う。法律の設定上、薬価や診療報酬の改定に際して、同省は厚労大臣の諮問機関である中央社会保険医療協議会(中医協)での議論を踏まえる必要がある。その中医協での議論がまとまらずじまいだったのだ。

 製薬業界は当然ながら、薬価引き下げの対象および下げ幅をできる限り小規模にとどめたいところ。病院・診療所や調剤薬局などの診療側にしてみても、薬価が下がれば得られる薬価差益が目減りしてしまう。また、通常、2年に1度の薬価の本改定の際には、慣例として、薬価の引き下げによって生まれた財源は、医師らの技術料に当たる診療報酬本体の引き上げ財源に充当されてきたものの、薬価改定のみが行われる今回は、薬価の引き下げ財源はそのまま国庫に入る可能性が高い。となれば、単なる薬価引き下げは経営ダメージにつながるだけなので、日本医師会(日医)などの診療側委員は、薬価引き下げには慎重な姿勢を崩さなかった。一方で、保険者の代表者らが名を連ねる支払側委員は、保険料や国民負担の抑制を最大限実現する観点から、「可能な限り広い範囲で改定を実施すべき」との主張を繰り広げた。

 そんな中、厚労省が12月2日に公表した薬価調査結果では、薬価と実勢価格の差(乖離率)は今年9月時点で平均8%であることが判明。すると中医協では、今回の薬価改定の対象について、診療側は「乖離率16%以上の品目に限定せよ」(日医常任理事の松本吉郎氏)、支払側は「乖離率8%以下の品目にも広げよ」(健康保険組合連合会理事の幸野庄司氏)と主張。大きな隔たりのある中、両者の溝は埋まらなかった。

 では最終的にどうなったのか。

 12月17日に行われた厚労・財務両大臣と内閣官房長官による折衝では、市場価格との乖離率5%以上ある品目を引き下げの対象とすることで決着した。全体でおよそ1万8000品目ある医療用医薬品のうち、約7割が該当する。今回の薬価引き下げにより、医療費ベースで約4300億円、国費ベースで約1000億円の削減につながるという。

診療側に用意された“お土産”

 この改定内容は一見すると、診療側委員の主張が一向に取り合われなかった印象がある。

 医療を巡っては、他にも大きな見直しがあった。75歳以上の医療費窓口負担について、これまた菅首相の強い意向で、2022年度後半から単身世帯で年収200万円以上の人を現行の1割から2割に引き上げる方針が決定した。新型コロナウイルスの影響による高齢者の受診控えが指摘される中、日医など医療関係団体は対象範囲をできる限り絞るよう政府に要請。加えて、公明党をはじめ与党内からも引き上げへの慎重論が出ていたものの、首相は自らの意思を変えることなく、一定の「痛み」を強いる見直しを断行した。

 上記二つの見直しを見る限り、自ら主導した施策や持論は決して譲らずに実践に移す首相の姿が鮮明になるわけだが、その裏では診療側にとっておきの“お土産”も用意されていた。

 あまり取り沙汰されていないが、2021年度薬価改定が平均乖離率5%以上の医薬品を対象とすることが決まった大臣折衝の場では、新型コロナウイルス感染症に対する予防策を講じている医療機関に対し、臨時の診療報酬点数を設ける措置も決定したところ。来年4月から9月末までの半年間の期間限定措置ながら、すべての患者を対象に、医科と歯科の初診・再診について1回当たり5点(1点=10円)、入院で1日当たり10点の上乗せを認め、調剤でも1回当たり4点、訪問介護には1回当たり50円を加算できるようになった。

 さらに、コロナ対応での臨時報酬はそれだけにとどまらない。その二日前に行われた大臣折衝では、「外来における6歳未満の乳幼児への外来診療等に係る評価」として、「新型コロナウイルス感染症からの回復患者の転院支援」に関する上乗せ加算が認められた。前者については、通常の乳幼児加算に上乗せで医科100点、歯科55点、調剤12点を特例的に算定できることとなり、後者については新型コロナウイルス感染症から回復した後も引き続き入院管理が必要な患者を受け入れた医療機関の入院診療を評価している「二類感染症患者入院診療加算」の点数を、現行の250点から3倍の750点への増点が認められた。これらの見直しは、既に12月15日から適用されており、このうち6歳未満の乳幼児への外来診療にかかる措置については、来年10月以降は、加算点数を医科50点、歯科28点、調剤6点とする。

 2020年4月以降、厚労省は新型コロナ対策として数々の診療報酬上の対応を実施してきたが、今まではもっぱら新型コロナ患者対応に関わるものであった。それがここへ来て、新型コロナ感染の有無に関わらないものも広く含めたことになる。中でも特筆すべきは、初再診やすべての種別の入院料などへの加算を認めた点。この上乗せは、実質的にほぼすべての医療機関・薬局で算定できることから、あまねく施設が恩恵を受けられる。

首相は日医に押し込まれたのか、それとも実を取った!?

 今回の薬価毎年改定や75歳以上医療費窓口負担引き上げの裏で医療機関に対する配慮ながされていたことに関し、取材を進めると、それが菅首相の政治的判断によるものだったことは間違いなさそうだ。

 なお、今回、大臣折衝で決まった診療報酬の特例引き上げを巡っては、実はかなり異例の対応でもある。個別具体的な点数項目の細部を詰めるのは中医協の場であり、何の点数をどれだけ上げ下げするかは、中医協委員の合意形成に沿って決定されるもの。だが、今回は臨時の診療報酬点数が中医協を通さない水面下の調整のみで決まった。官邸主導での診療報酬改定が実現したことの意義は大きいのだが、その点についてはまた機会を改めて紹介したい。

 話を元に戻せば、今回の一連の結果をどうとらえるかは、政府関係者や厚労官僚の間で意見が分かれている。首相が日医に押し込まれたとみるむきもあれば、いや、首相はしたたかで、しっかり実を取ったとみるむきもある。

 毎年薬価改定の実現に当たっては、薬価の引き下げ財源が診療報酬本体に振り向けられるようであれば、日医としては反発する理由はなくなる。その意味で、今回の薬価改定では、セットで全患者を対象にした診療報酬の特例引き上げが認められており、結果的には、薬価の引き下げ財源が一定程度診療報酬本体に充填されたため、日医の主張が通ったととらえられる。

 ただし、この特例として診療報酬の対応は現在のところ、あくまで来年4月から9月末までの期間限定の措置に過ぎない。厚労省によると、同10月以降については、「延長しないことを基本の想定としつつ、感染状況や地域医療の実態等を踏まえ、年度前半の措置を単純延長することを含め、必要に応じ柔軟に対応する」方針とのこと。6カ月で打ち切られる可能性は十分あって、そうなると医療現場への恩恵も限られる。それと引き換えに薬価の中間年改定を幅広で日医に飲ませたことは、首相の作戦勝ちで、次回以降の中間年改定では薬価引き下げ分をすべて国庫に入れられるはず。そんなとらえかたもできるのだ。

 ともあれ、首相の今回の手腕ぶりによる成果・結果は、時の経過とともにおのずと明らかになるのだろう。

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