実験動物として重宝されてきた「C.エレガンス」に着目

 がん患者の息や尿などに特有のにおいがある。これは、古くから医療関係者の間で知られていた。

 このため、人間よりも優れた嗅覚を持つ犬を訓練してがん患者を見分ける「がん探知犬」を育てた研究が報道され、話題を呼んだことは記憶に新しい。しかし、犬は育成に時間がかかる上、個体差も大きく、引退後の介護まで含めてコストがかかる。がんの大規模スクリーニング用としては適さない。

 線虫は地球上で最もありふれた生物で、土中などさまざまな環境に生息する。人間に危害を及ぼすぎょう虫やアニサキスなども含まれるが、広津氏らは、そうした線虫の一種である「C.エレガンス」に目を付けた。成体の体長は約1mm、全身の細胞数が約1000個と小さい。

カギを握る線虫「C.エレガンス」(出所:HIROTSUバイオサイエンス)

 C.エレガンスは、1960年代以来、実験動物として重宝されてきた。多細胞生物として最初にすべての遺伝子を解読する全ゲノム解析が行われるなど、細胞の一つひとつまで調べ尽くされている。雌雄同体で基本的に自家生殖するため、子世代はクローンとなり、遺伝子変化がほぼない。世代交代は4日と短く、放置しておけば増える。しかも冷凍保存が可能なため、一定範囲の世代で大量供給するのも容易だ。

 C.エレガンスは極めてコンパクトな動物だが、嗅覚を持ち、においを感じ取ることができる。においを感じ取る嗅覚細胞はわずか10個しかないが、個々のにおいを感知する嗅覚受容体は約1200個と人間の約3倍あり、多くのにおいを高い感度で識別することができる。研究の結果、線虫は尿のにおいを嗅ぎ分け、がん患者の尿のにおいを好み、近づいていくことが明らかになっている。