糖尿病の診断や治療に欠かせない血糖値の測定。定期健康診断でも必須測定項目の1つである。今は採血が必要だが、指に光を当てるだけで高精度に測定できる――。そんな検査装置が、早ければ2021年にも登場する見通しだ。

血圧計のように「誰でもいつでも」の実現へ

 厚生労働省の国民健康・栄養調査によれば、日本では未治療の人を含めた糖尿病患者は約1000万人、糖尿病になってしまう可能性が高い糖尿病予備群も約1000万人と推計されている。また、国際糖尿病連盟(IDF)の調査によれば、全世界の糖尿病患者数は2017年時点で4億2500万人に上ると推計されている。糖尿病をいったん発症すると治ることはなく、重症化すると腎不全や失明などを引き起こすため、重症化を防ぐ早期治療や、糖尿病予備群の段階までに生活習慣を改善することが大切とされる。

 食事をすると、腸から栄養を吸収し、肝臓を介して血液中にブドウ糖(血糖)が送り込まれて脳や筋肉のエネルギー源になる。健康ならば血糖の濃度(血糖値)が上昇すると、膵臓がインスリンを分泌し、血糖値は速やかに正常に戻るが、何らかの原因でインスリンの分泌が不十分だと食後の血糖値が高くなり、空腹時にも血糖が高いままになる。これが糖尿病、あるいは糖尿病予備群の症状だ。

 このため、血糖値の測定は糖尿病の診断や管理、予防に欠かせない。企業などの定期健康診断でも必須項目の1つになっている。もっとも、近年では小型・低価格の血糖測定器が登場し、手軽に測れるようになってきた。最新のデバイスでは、ごま粒大から米粒の半分(0.2μ〜1.6μL)といったごく少量の血液があれば血糖値を知ることができる。しかし、ごくわずかとはいえ、検査のたびに指先などを針で刺す必要があり、血圧計のように「誰でもいつでも」できる測定とは言い難かった。

ライトタッチテクノロジーの山川氏(写真:行友 重治、以下同)

 しかし、こうした採血をせず、人体に無害なレーザー光を当てるだけで、高精度で血糖値を測定できる検査装置が実用化の一歩手前にある。本装置は、フェムト秒(1000兆分の1秒)といった超短パルスレーザー光研究の第一人者である山川考一氏が、日本原子力研究開発機構の量子ビーム応用研究部門在籍時に開発した。現在は、科学技術振興機構(JST)の大学発新産業創出プログラム(START)などの支援を得て山川氏らが設立したライトタッチテクノロジーが実用化を進めている。

試作機は携帯用の魔法瓶サイズ

 検査装置の試作機は、携帯用の魔法瓶ほどのサイズ。バッテリー駆動も可能という。

試作機。魔法瓶サイズの大きさだ

 この装置では、「中赤外光」を使っているのがポイントだ。しかも、その発光レーザー光学系の小型化を実現している。

 一般に光による血糖値測定では、分子を透過または反射する光が、分子の種類や状態によって特有の波長で光を吸収する特性を利用する。この現象は古くから知られており、1990年代以降、数多くのベンチャーや大企業が、血糖値の体外診断に挑戦してきた。

 赤外光(赤外線)は波長によって性質が異なるため、近赤外光、中赤外光、遠赤外光に分類される。国際標準化機構(ISO)では、0.78μ〜3μmを近赤外光、3μ〜50μmを中赤外光、50μ〜1000μmを遠赤外光と分類している。

 近赤外光は半導体レーザーやハロゲンランプなど強力で扱いやすい光源を低コストで入手できるため、これまでの光学的血糖値測定はほとんどが近赤外光で行われてきた。

 しかし、ブドウ糖の近赤外領域での吸収波長である1μm付近は、ブドウ糖濃度が126mg/dL(水から健常人の空腹時血糖値の正常上限値までの変化に相当)増減しても、吸光率は約0.4%しか変化しない。また血液中に含まれる脂質などや水の吸収波長も近いため、統計処理でノイズ成分の影響を除去する必要がある。

 一方、中赤外光ではブドウ糖の分子振動による光吸収が強く、他の物質の影響も少ない。このため、高い精度での検出が期待できる。

 しかし半導体レーザーを含め、中赤外光を直接発光できる強力な光源はほとんどない。これまでにも中赤外光の有用性に着目した血糖値測定の研究開発はあったが、ニクロム線ヒーターや人体が発する微弱な中赤外光を用いていたために輝度が低く、十分な信号雑音比(S/N比)が得られず、高精度の血糖値測定は困難だった。

 山川氏らは、超小型の固体レーザー発振器と光パラメトリック発振器を開発、これらを組み合わせて中赤外光を発光する方式を採用した。固体レーザー発振器は、特殊な鏡ではさんだ人工結晶に強い光を当てることでレーザー光を発生する。宝石のガーネットと同じ構造の「Yb:YAG」と呼ばれる結晶を用い、光源としては半導体レーザー素子を採用した。

 光パラメトリック発振器は、光の波長を変換する装置で、特殊な結晶に外部からレーザー光を当てると、別の周波数の光を発する。今回開発した装置では、固体レーザー発振器の波長約1μmのレーザー光を入射し、中赤外領域におけるブドウ糖の吸収波長である約9μmのレーザー光を発振する。

 得られたレーザー光を指先に毎秒数100回照射し、反射波を捉えることで、3〜5秒で血糖値を測定できるという。測定器としての精度は、自己血糖測定器の許容精度としてISOが定めた基準であるISO 15197-2013(血糖値100mg/dL未満では±15mg/dL以内、100mg/dL以上では±15%以内)を満たすことができた。

まもなく臨床試験を開始

 実用化には、医療機器としての承認が必要になる。早ければ間もなく、ある大学病院の協力を得て、糖尿病患者を対象とした臨床試験(治験)を開始するという。

 臨床試験の規模や市販までのプロセスは、どのクラスの医療機器として認定されるかによって変わる。人体に与える危険度によって4段階のクラスがあり、不具合が生じても人体への影響はほとんどないX線フィルムなどはクラス1、不具合があれば生命の危険に直結するペースメーカーはクラス4になる。

 山川氏は今回の血糖測定器が「高くてもクラス2」と想定、この場合は2021年度中の商品化が可能と見ている。ただし、クラス3機器と認定されれば、商品化時期はもう少し先になる。「今後、医薬品医療機器総合機構(PMDA)と相談しながら、クラス分類に対応した臨床試験の規模を決めていく」という。

 気になるコストだが、医療機関から患者に貸し出す場合、現在の自己血糖測定器で必要な消耗品費用に近い金額を想定しているという。

非侵襲で検査できる意義は大きい

 採血なしに血糖値を高精度で測定できる意義は大きい。検査値が数秒で分かるほか、患者や医療スタッフの感染リスクや手間を軽減できる。注射器や検査チップなどの医療廃棄物も出さなくてよい。

 1型糖尿病や重症の2型糖尿病など、インスリン投与が必要な場合、毎日数回、血糖値を測らなければならない。そのたびに消毒と針刺しが必要で、患者や家族にとって大きなストレスになっている。検査の苦痛がなく、消耗品の購入が不要になれば、将来的には糖尿病予備群や健康な人の自己管理にも利用できる可能性がある。

 一般的な定期健康診断では、前夜遅くの食事と朝食を控えるように指示され、空腹時の血糖値だけを測定する。空腹時血糖が110〜125mg/dLならば、空腹時血糖異常(IFG)、126mg/dL以上なら糖尿病と判定されるが、空腹時血糖値は正常なのに食後の血糖値だけが正常より高くなる食後高血糖(IGT)は見逃されてしまう。

 糖尿病や予備群を正式に判定するには「糖負荷試験」と呼ばれる検査を行う必要がある。人間ドックでは一般的なメニューだが、定期健康診断には通常含まれない。この検査は、10〜14時間の絶食の後、検査開始から2時間の間に採血4回と採尿が必要なため、ハードルが高い。採血不要で食後高血糖かどうかを知ることができれば、糖尿病予防の推進に大きな足がかりとなりそうだ。

スマホサイズまでの小型化にメド

 山川氏は、「すでにスマホサイズまでの小型化は技術的にメドが立っている」という。勤務中や旅行時にも、採血不要でどこでも血糖値を管理でき、捨てにくい医療廃棄物も出さずに済む。

 本装置を自宅などに置き、血糖値を測ると担当医に自動送信されるので、正確なデータに基づく診療・処方が可能になる。遠隔診療と処方薬配送などの仕組みが整えば、糖尿病患者や家族にとってはストレスや通院の負担を大きく減らすことができそうだ。

 また、アジアではインド、中国を筆頭に、糖尿病や予備群の人口が急激に増加しており、将来大きな経済負担が生じる。山川氏らの新技術は、今後、こうした国々でも高い需要が見込める。「既に海外企業からの問い合わせもある。今後グローバルの資金調達が可能になれば、海外進出も有り得る」と山川氏は展望している。

(タイトル部のImage:adam121 -stock.adobe.com)