IBMワトソンを使い医師の見る目が一変

 偶然に出会ったのがAIだ。宮野氏は2013年、米国のテレビ番組でAIがクイズの回答で圧勝した様子を見て、使われたのは米IBMの「ワトソン(Watson)」をがんゲノムに使おうと即座に思った。AIにも様々な区分があるが、ワトソンは「自然言語理解」ができて、文章に基づいて人間の意思決定を助けてくれるものとなる。

 宮野氏は米IBMと自ら交渉し、2015年に北米に続き初めて日本への導入を遂げた。「ワトソン・ゲノミック・アナリティクス(Watson Genomic Analytics)」だ。東大医科研臨床ゲノム腫瘍学分野教授の古川洋一氏、血液内科教授の東條有伸氏らと協力して、研究としてのAIの活用に着手した。折しも北米でもゲノムへのワトソンの応用の模索が始まったところ。日本では医療用途では規制上問題になる壁もあったが、研究用途として活用に着手した。

 宮野氏らは白血病の医療に生かせるよう、AIの能力に磨きをかけていった。導入当初は白血病のデータをワトソンはゲノムを解釈できるほどに取り込んでいなかったからだ。成果はたちまち見え始めた。

 例えば、ある白血病の患者のゲノム全体を調べたケースは次の通りだ。

●ある白血病患者のケース
    DNA配列およそ30億をシーケンサーで読み取る

    7500カ所の「変異」、108カ所の「構造異常」が見つかる

    AIを使って文献と照らし合わせた結果
    「10分」で治療に結びつく変異を特定

 従来の人海戦術ならば「2週間以上」がかかる事例だ。治療の戦略を立てられるまでの時間が、10分/2週間以上と、2000倍以上に高速化したのである。宮野氏にとっても驚愕の結果だったが、周囲の医師にとってはそれに輪をかけるインパクトを与えるものとなった。

 そうして宮野氏らが手がけてきた患者は約400人に上った。従来法では得られなかった治療方針が次々と示された。ワトソンの導入当初、東大の医師らも「こんなもの使える?」と懐疑的な見方もあったが、そうした認識は一変。価値観の大転換が起きてしまったのである。

 DNAゲノムデータは膨大に存在している。それをいかに分析して、治療に結びつけていくのかは、もはやAIの方が長けている可能性もある。

 自在に操れるエンジニアがもっと必要になりそうだ。AIが医療現場でも必須になるというのは宮野氏の見立てだ。「これからは『AIを使わない医師のもとに患者が来るの?』という時代になるかもしれない」。