「フルゲノムにこそ宝あり」

 宮野氏のチャレンジにはもう一つの側面もある。2011年から始まったことだが、解析のターゲットとして、「フルゲノム(全ゲノム)」を据えているところだ。

 一口に遺伝子検査といっても、幾つかのアプローチがある。がんの分野では、タンパク質を作るための遺伝子に関わる数百程度だけを調べる「パネル検査」が国内でも開発され、一部保険適用がなされている。このほか、タンパク質を作るのに必要な主要な遺伝子を調べる「エクソンシーケンス」、さらに全てのゲノムを調べる「フルゲノムシーケンス」がある。

 AIを駆使して、膨大な情報から異常を導き出せる力を手にした宮野氏は、エクソンシーケンスでさえ2%程度にすぎないことから、98%も含めたフルゲノムシーケンスまで踏み込むべきだと考えている。そこまでしてこそ治療につながる“宝”を見いだせるとみる。

 実際、宮野氏らが対応してきた患者の中には、次のように「フルゲノムシークエンス」解析で初めて異常を見いだされた例も増えている。

●ある患者(卵巣原発腹膜偽粘膜腫瘍)のケース
    100万人に1人のまれな腫瘍
    原因不明

    フルゲノムシーケンスで250万個の遺伝子変異を検出

    ワトソン診断により、100の遺伝子ががんに関連し、
    このうち6つが特に関係するという情報が導かれる

    使用可能な薬としてレゴラフェニブが浮かび上がり、治療可能に

 ゲノム解析の高速化はさらに進んでおり、全ゲノムを解析するコストは既に数万円の水準に下がる。

 ゲノム研究者から最近よく聞くのは次のような意見だ。「もはやゲノム解析は、全ゲノムを見ないと意味がないのではないか。ごく一部を調べても、何も見つからない可能性が高い」。

 全ゲノムを読み取ったときの大きな課題は、それを解読し、治療に結びつけるプロセスに手間が掛かることだが、AIでそうした障壁は取り払われようとしている。「メディカル」の分野のさらなる進化に「デジタル」が欠かせなくなっている。そうした技術への対応は、医療者ができればよいが、シーケンサーで読んだ情報を手作業で解読する以上に、それには知識やノウハウでの限界はあって当然だ。

 宮野氏がGoogleのような専門家に任せるべきだというのは、そうした人材をゲノム医療の分野に引き入れたいという、教育者としての思いは当然あると思うが、それを割り引いても、医療分野の情勢は、デジタルを必須とする方向に動いているといっていいかもしれない。

 それを証明するように、宮野氏のもとには他の医療機関で治療方法が見つけられなかった白血病患者がやってきている。さながら“駆け込み寺”のように。デジタルに裏打ちされた医療が、「他にない医療」になっている。ここには「未来」が見えているのかもしれない。高速化した「次世代シークエンサー」、読み取った情報からゲノム情報を得るための「スーパーコンピューター」、さらにそこから情報を解釈する「AI」はさながら“三種の神器”。

 米インダストリーARC社によると、こうしたシークエンサーをはじめ遺伝子関連装置の市場規模は2018年に160億ドル(約1兆8000億円)。年率10%前後で急成長すると予測されている。並行して、AIの活用も欠かせなくなり、その市場も広がってくる可能性は高い。

(タイトル部のImage:ipopba / Design Cells -stock.adobe.com)