一気に集まった「教師データ」

 さらに、AIメディカルサービスにとっては人脈も大きい。本特集連載で既に見たように、画像診断領域にAIで勝負を決めるのは「教師データ」。いち早く、AIに教師データを学習させ、先行者利益を得ることだ。

 画像が白なのか黒なのか、答え合わせするための専門的な視点からの協力は欠かせない。優れたAI開発にとっては、データの量と質の双方が欠かせない。AIメディカルサービスは、CEOを務める多田氏が東京大学医学部を卒業後に、虎ノ門病院などを経て、自らクリニックを経営してきたという経緯から、強力な専門医のネットワークを持つ。創業からわずかな期間で、共同研究に多田氏のクリニックはもとより、東大病院をはじめとする大学病院、がん研究会有明病院などの主要病院を加えたのは驚異的だが、それも長年に培った人脈がなせる業だろう。

 多田氏は、「患者、医師、医療機器メーカーにとってWin-Winのプロダクトになる。患者はそもそも内視鏡を受けているので、身体的な負担がない。画像解析が加わるだけ。医師もAIによる診断補助を得られる。医療機器メーカーは性能を高められて、そこから収益も得られる。数千万枚の画像が集まっており、毎日増えている。実証実験を進め、改良を繰り返している。胃がんから治験開始して、2年後にローンチできると考えている」と言う。

AIメディカルサービス代表取締役の多田氏(写真:飯塚寛之)

 さらに、新参者で勝ち抜けると考える理由には、AIのソフトウエアを、いわば携帯電話にとってのアプリのような存在と捉えていることもありそうだ。ビジネスモデルは構築の最中だが、医師がどの内視鏡を使っていても、AIメディカルサービスのソフトウエアを診断補助に利用可能とする方針だ。いわば、「AI利用料」を得るような形での事業を想定する。既存の内視鏡メーカーと必ずしもぶつからず、一緒に使ってもらう発想だ。場合によっては、複数の内視鏡メーカーと連携して、それぞれで使ってもらうことも可能。その場合は、競合ではなくむしろ顧客になる。AIメディカルサービスは、飲み込んで使うタイプの「カプセル内視鏡」で撮影された画像にも自社のAIを応用しようと研究を進める。内視鏡のタイプを問わないのは強みになる。

「弱者の戦略」の示唆

 AIメディカルサービスの強みについて見ていくと、それは内視鏡領域のAIを日本で開発する意義にもつながってくる。俯瞰的に見れば、日本の内視鏡クリニックは2万2000施設ほどがあり、稼働する内視鏡の台数は数万台に上る。内視鏡メーカーは世界市場を席巻しており、世界の内視鏡のほぼ全てを日本製が占めている。AI開発に、データに加えて、それを学習させるための教師データが必要であるという全体からすると、日本は内視鏡のAI開発においては“メッカ”になり得る。

 AIメディカルサービスはそうした教師データを得るのに有利な立ち位置にあり、多田氏は、「あえて内視鏡領域に特化する」という。自らの強みのある領域に特化して、専門性を高めていく。必然的なのかもしれないが、競争戦略として有名な「ランチェスター戦略」における「弱者の戦略」を思わせる。それは自分よりも強い相手と戦うときの戦略で、戦う対象を絞り込んで、一騎打ちに持ち込むのが基本となる。まさに既存の医療機器市場に打って出ようとしているAIメディカルサービスが取る戦略は、この戦略の枠組みに沿っているといえそうだ。海外の企業が巨大化する中で日本企業がいかに伍していくかを考えたとき、日本全体に示唆を与えるケースかもしれない。

 こうした視点から日本のAI開発を考えていくと、他にも有望な市場はあるかもしれない。さらにこの辺りについては深掘りして考える価値はありそうだ。次回は、がんゲノミクスの最前線へと引き続き迫っていく。

(タイトル部のImage:ipopba / Design Cells -stock.adobe.com)