人工知能(AI)の応用を進めることで、がん医療がより発展する可能性は高い。しかし、世界のAIトップ人材のうち日本にいるのはわずか4%といわれ、国際的な開発の動きにいかに追いついていくかは大きな課題だ。国内企業がAIで勝負していくには、どんなアプローチを取ればよいのか。「日本のお家芸」である内視鏡にAIを実装し、世界に打って出ようとしているのが、多田智裕医師率いるAIメディカルサービスだ。

 東京・池袋駅東口を出て、明治通りを南下した繁華街にも程近い、医療の最先端と一見縁のなさそうな所に本社を構えるAIメディカルサービスは、この地で内視鏡で撮影した画像のAIを使った診断補助技術を開発する。創業わずか2年だが、近年存在感を増しているAI開発企業の一角を占めるようになっている。同社を訪れ、代表取締役・CEO(最高経営責任者)の多田智裕氏から課題やビジョンを聞いた。

大手企業が続々参入

 内視鏡とは、いわゆる「胃カメラ」や「大腸カメラ」と呼ばれるものだ。口や鼻、肛門などから、消化管に管状の細長いファイバースコープを挿入するビデオカメラである。先端についたカメラで撮影した食道や胃、腸管の内部の映像を外部のディスプレーに映し出す。画像を医師が見ながら、消化管の内側にがんを含めた病変がないかを確認していく。

 内視鏡の画像診断へのAIの応用は今、CTやMRIと同様、大企業を巻き込んだ活発な連携が注目を集めている。例えば、内視鏡の世界最大手オリンパスはエルピクセル(関連記事)に2018年に出資し、内視鏡で映し出された画像のAIを使った診断補助の開発に着手。競合する富士フイルムも同じように同年エルピクセルに出資する。NECも国立がん研究センターとソフト開発を進めることを2017年に発表している。これら内視鏡の開発で長い歴史を持つ企業が居並ぶ中、創業2年のAIメディカルサービスは異色の存在だ。

 企業の資本金がそのまま企業規模に直結するわけではないが、企業規模の目安として比べてみると、AIメディカルサービスの相対的な小粒さは際立つ。オリンパスの資本金は1246億円。富士フイルムは400億円、NECは3972億円。片や、AIメディカルサービスは2億4000万円。ベンチャー企業としては多くの資金を集めているとはいえ、規模では圧倒的に大きな“巨人”に小さな企業が立ち向かっている格好となっている。

 単純に考えれば、大きな会社の研究開発の陣容があれば、開発のスピードで後発のベンチャーを圧倒するのは容易とも見える。AIメディカルサービスはどんな勝算を持つのか。

専門家の目線で事業を生み出す

 結論から言えば、AIメディカルサービスが“新参者”ながら、この分野で勝ち抜けると考える理由は幾つかありそうだ。

 一つは、経営者自身がクリニックを経営する医師であり、医療現場で実体験を積んでいること。事業の原点が内視鏡医療の壁をぶち破りたいという強い問題意識から来ているため事業のフォーカスが明確である。多田氏は、20年近くにわたって、自ら内視鏡を握って、消化器の病気を見つけ出す医療に取り組んできた。

 AI開発を手がけたきっかけは、ある種の「絶望感」だった。ホームページの冒頭にこう記す。「内視鏡は、日本が世界をリードしている先進の医療分野。ところが足もとでは病変見落としが医師によっては2割以上。大量の2重チェック負担で専門医が疲弊という現実。この問題にAIで立ち向かい、世界の内視鏡医療に貢献したい。食道・胃から小腸・大腸まで、がんを早期のうちに見つけ、壊滅できるようにしたい。そんな想いで創業したベンチャー」。言葉は淡々としているが、紛れもなく「疲弊」は自らの実体験である。

 多田氏自身はこう語る。「内視鏡で撮影した画像を目視でチェックしていくことに限界を感じていた。背景にあるのは、内視鏡の性能向上。かつてはアナログのフイルムが使われ、1人当たり20枚程度だった撮影画像が、デジタルのフイルムが一般的になり40枚、50枚と急増。撮影した画像は、医師が集まってダブルチェックするが、年間1万件近くの胃や大腸の内視鏡検査を手がけるクリニックで、その作業には無理が生じ対応は難しくなりつつあった。クリニックではダブルチェックのための読影会を開くが、通常業務が終わった夜にしか時間は取れない。医師の働き方改革が進む中でこのままでは破綻しかねなかった」

 そうした課題を感じていた2016年に出会ったのが、東京大学でAIの研究し、注目を集めていた松尾豊氏(現・東京大学大学院工学系研究科教授)。話を聞いて驚いたのは、「国内外問わず、内視鏡画像の診断補助についての研究開発を誰も手がけていなかったこと。CTやMRIはあったが、内視鏡はなかった」(多田氏)。そこで後輩の紹介でエンジニアを誘い研究に着手した。

 手がけたのは、ディープラーニングである。画像のどこに注目するかという特徴量から、コンピューターが設定し、その特徴量に基づき、病変を見つけ出すという、本格的なAI開発である。それが瞬く間に成果が出たのは大きかった。研究開発の着手からわずか4カ月がたった2017年1月、AIによって胃がんにつながるピロリ菌の感染診断をさせるソフトウエアを開発し、精度が医師の平均を上回ることを確認したのである。当初は静止画で処理していたのが、AIの処理能力が高いことから、動画リアルタイムに判定するソフトウエアの開発に舵を切る。手応えを感じたところで、2017年9月に会社を設立。2018年1月には、6mm胃がんを98%の精度で発見することに成功し、1画像を0.02秒で判定できるとする成果を発表するに至る。

図1●診断支援ツールによる表示(提供:AIメディカルサービス)
内視鏡画像(左)をAIが判定し、胃癌が疑われる病変の範囲とその確信度が提示される(右)。

 漠然と「AIを内視鏡画像に応用してみよう」ではなく、臨床現場での課題意識に裏打ちされていたからこそAI開発もスムーズに進んだのだ。

一気に集まった「教師データ」

 さらに、AIメディカルサービスにとっては人脈も大きい。本特集連載で既に見たように、画像診断領域にAIで勝負を決めるのは「教師データ」。いち早く、AIに教師データを学習させ、先行者利益を得ることだ。

 画像が白なのか黒なのか、答え合わせするための専門的な視点からの協力は欠かせない。優れたAI開発にとっては、データの量と質の双方が欠かせない。AIメディカルサービスは、CEOを務める多田氏が東京大学医学部を卒業後に、虎ノ門病院などを経て、自らクリニックを経営してきたという経緯から、強力な専門医のネットワークを持つ。創業からわずかな期間で、共同研究に多田氏のクリニックはもとより、東大病院をはじめとする大学病院、がん研究会有明病院などの主要病院を加えたのは驚異的だが、それも長年に培った人脈がなせる業だろう。

 多田氏は、「患者、医師、医療機器メーカーにとってWin-Winのプロダクトになる。患者はそもそも内視鏡を受けているので、身体的な負担がない。画像解析が加わるだけ。医師もAIによる診断補助を得られる。医療機器メーカーは性能を高められて、そこから収益も得られる。数千万枚の画像が集まっており、毎日増えている。実証実験を進め、改良を繰り返している。胃がんから治験開始して、2年後にローンチできると考えている」と言う。

AIメディカルサービス代表取締役の多田氏(写真:飯塚寛之)

 さらに、新参者で勝ち抜けると考える理由には、AIのソフトウエアを、いわば携帯電話にとってのアプリのような存在と捉えていることもありそうだ。ビジネスモデルは構築の最中だが、医師がどの内視鏡を使っていても、AIメディカルサービスのソフトウエアを診断補助に利用可能とする方針だ。いわば、「AI利用料」を得るような形での事業を想定する。既存の内視鏡メーカーと必ずしもぶつからず、一緒に使ってもらう発想だ。場合によっては、複数の内視鏡メーカーと連携して、それぞれで使ってもらうことも可能。その場合は、競合ではなくむしろ顧客になる。AIメディカルサービスは、飲み込んで使うタイプの「カプセル内視鏡」で撮影された画像にも自社のAIを応用しようと研究を進める。内視鏡のタイプを問わないのは強みになる。

「弱者の戦略」の示唆

 AIメディカルサービスの強みについて見ていくと、それは内視鏡領域のAIを日本で開発する意義にもつながってくる。俯瞰的に見れば、日本の内視鏡クリニックは2万2000施設ほどがあり、稼働する内視鏡の台数は数万台に上る。内視鏡メーカーは世界市場を席巻しており、世界の内視鏡のほぼ全てを日本製が占めている。AI開発に、データに加えて、それを学習させるための教師データが必要であるという全体からすると、日本は内視鏡のAI開発においては“メッカ”になり得る。

 AIメディカルサービスはそうした教師データを得るのに有利な立ち位置にあり、多田氏は、「あえて内視鏡領域に特化する」という。自らの強みのある領域に特化して、専門性を高めていく。必然的なのかもしれないが、競争戦略として有名な「ランチェスター戦略」における「弱者の戦略」を思わせる。それは自分よりも強い相手と戦うときの戦略で、戦う対象を絞り込んで、一騎打ちに持ち込むのが基本となる。まさに既存の医療機器市場に打って出ようとしているAIメディカルサービスが取る戦略は、この戦略の枠組みに沿っているといえそうだ。海外の企業が巨大化する中で日本企業がいかに伍していくかを考えたとき、日本全体に示唆を与えるケースかもしれない。

 こうした視点から日本のAI開発を考えていくと、他にも有望な市場はあるかもしれない。さらにこの辺りについては深掘りして考える価値はありそうだ。次回は、がんゲノミクスの最前線へと引き続き迫っていく。

(タイトル部のImage:ipopba / Design Cells -stock.adobe.com)