今年2月、世界初の脊髄損傷用再生医療製品としてステミラックが承認申請から半年ほどで発売されるなど、再生医療の実用化が加速している。その背景には、2014年11月に我が国で施行された「条件付き早期承認制度」の存在がある。発売後の有効性・安全性評価を条件に早期に承認する世界初のファストトラックであり、ディスラプティブイノベーションともいえるが、国際的に見ると旗色が悪い。国際的な科学誌『ネイチャー』は、患者に負担を強いる拙速な方法だとする批判を再三にわたり展開。国内からも慎重な運用を求める声がある。3月に日本再生医療学会総会を訪れ、同学会理事長らの意見を聞いた。

 第18回日本再生医療学会総会が開催された神戸の会場で、英『ネイチャー』の批判を強く意識していた同学会理事長で大阪大学外科教授の澤芳樹氏が、次のような思いを記者らの前で吐露していた。

 「日本の制度が海外で理解されておらず、勘違いされている。『ネイチャー』といえば、レベルの高い雑誌であり、そこが出してくるが故に誤って判断される面もある。これまでにバッシングを3回された。遺憾である」

 いったい『ネイチャー』が批判している点はどこにあり、それが妥当なのか、それとも誤解に基づくものなのか。

「薬機法」誕生とともに再生医療が加速

 日本では2014年11月に、旧来の「薬事法」が改正されて、再生医療についての規定などが盛り込まれ、以降「薬機法」と呼ばれるようになった。同時に再生医療の実用化を促進する制度として導入されたのが、「条件付き早期承認制度」と呼ばれるものだ。

 従来、医薬品や再生医療製品の承認を受けるためには、臨床試験によってその安全性と有効性を調べるプロセスを踏む必要がある。3段階の臨床試験を経て、得られたデータから従来治療やプラセボとの優位性や安全性が認められた場合に承認を受けられる。

 新たに導入された条件付き早期承認制度では、(1)適応疾患が重篤(2)医療上の有用性が高い(3)検証的臨床試験の実施が困難(4)検証的臨床試験以外の臨床試験などにより一定の有効性・安全性が示される──場合であれば、市販後調査や副作用報告などの条件を付けて承認を先に出してしまう近道を設定している(図1)。ただし、製品発売後、市販後データに基づき、原則7年以内に正式な承認を受けることになる。患者情報を登録して、治療のデータを集約して検証していくのである。

図1●条件付き早期承認制度の概要(出典:2017年11月15日 第3回医薬品医療機器制度部会資料)

 再生医療にこの制度が適用された理由は幾つかある。一つは、患者が少ない場合があること。もう一つは、製品が細胞となるため、細胞そのものが均一にならず治療効果が評価しづらいこと。さらに、別の治療と比較する臨床試験が難しいことなどだ。

 日本が世界初の試みとして、打ち出したもので、薬や医療機器、再生医療製品を世に送り出すプロセスを一変させるものとなる。

 澤氏は、「精度の高いレジストリー型のポストマーケットサーベイランス(患者登録を行うことによる市販後調査)をするのが大きなポイント。再生医療製品が早く患者に届く、企業の投資回収も適正になり、アカデミズムが再生医療の産業化、普遍化を加速させていくことができる」と強調する。

『ネイチャー』が2015年から批判

 先述の通り、ここに厳しい目を注ぐのが『ネイチャー』だ。2015年12月、エディトリアルとして日本の新制度について疑義を呈した。エディトリアルなので、外部の寄稿者ではなく、『ネイチャー』編集部が自ら意見を表明しているのはポイントだ。世界的な科学誌の総意として批判しているわけだ。

 その疑義の大きな理由は、「早期承認制度は患者に大きな負担を強いる可能性がある」という点だ。有効性が十分に示されていない治療に対して患者が治療費を支払うことになり、経済的な負担が無駄に発生する可能性を危惧する。従来の方法では、メーカーが承認までの開発費を負担して、リスクを負ってきた。『ネイチャー』によれば、その承認が条件付きかどうかにかかわらず、既に承認された製品のコントロールは容易ではなく、有効性が十分ではない治療に患者がだまされる可能性もあり、場合によっては損害を被るのではと疑問を呈している。

 さらに、2018年には、再びエディトリアルとして、澤氏らが進めている、心臓機能の落ちた患者への「ハートシート」と呼ばれる自家骨格筋由来幹細胞を使ったシートの早期承認に疑問を投げかける論文を掲載した。最初、脚から取った幹細胞を使ったが、続いてiPS細胞(人工多能性幹細胞)を使った治療を進めることについて、効果がはっきりしない段階で同時開発はやりすぎというふうに批判したのだ。

日本再生医療学会理事長の澤氏(写真:日経メディカル)

 2018年には、改めてエディトリアルで、脊髄損傷に対する骨髄由来の間葉系幹細胞移植による治療(ステミラック)が早期承認されたことについて、効果はランダムに治療群とプラセボ群を分けた上での比較試験で検証すべきだとの指摘が掲載された。

 一連の批判に関連して、『ネイチャー』には、日本国外の研究者はもとより、日本の研究者からも、「早期承認制度では効果が確認しづらいのではないか」という指摘が掲載された。

 さらに、2019年5月、『ネイチャー』に対して、厚生労働省医薬・生活衛生局局長からの「反論」も掲載された。脊髄損傷の早期承認について、他に治療がない中で比較試験は難しく、批判は妥当ではないと指摘するものだった。

 こうした海外などからの指摘はいずれも科学的な視点からなされている。主張には一理ある。

 例えば、今回の指摘に次のような事例が示されている。2008年、フランスの研究グループが、心臓の機能を回復するために、脚から取った筋肉の細胞を注射する研究を行い、結果的に、効果がないと結論づけたこともあった。この研究のポイントは、細胞を含まないプラセボの注射とも比べたところ、プラセボの注射でも心臓の機能は回復が見られていたところだ。比較試験をしない場合、治療をしなくても効果が出たのに、「治療効果あり」という誤った判断を導いた可能性もあった。

 こうした海外からの指摘は無視するのではなく、重く受け止めて、日本の取組について粘り強く説明して納得を得ていく必要はある。

今後の治療効果の検証に注目

 もっとも日本の早期承認制度で新しい治療ができるようになっているのは間違いない。

 3月の日本再生医療学会総会では、札幌医科大学で進められてきた、まさに『ネイチャー』の批判の的になったステミラックの治療成績について、札幌医科大学整形外科教授の山下敏彦氏が、動画を示しながら説明していた。

 自己骨髄由来の間葉系幹細胞を、局部麻酔をかけて骨盤の骨の中から取る。この細胞を培養して、点滴バックに入れ、静脈から骨髄損傷を受けた患者に投与する。点滴自体は30分から1時間で終わる。

 会場で示された動画は、治験に参加した13人の事例についてだったが、確かに再生医療の効果があるように見えた。頸髄損傷になった人で、体の動きがすっかり不自由になっていたにもかかわらず、点滴治療を受けた翌日から回復するのである。4カ月ほどで歩けるようになり、歩いて退院したという。

 頸髄損傷といえば、首から下が動かないような状態になり回復しないケースもあるが、少なくとも再生医療を受けた人たちは、そうした後遺症がなくなった。山下氏は、リハビリテーションにより治療の向上が見込まれる点を強調していた。

 こうした結果は、海外からの指摘を踏まえれば、あえて懐疑的に見ることもできる。再生医療をしなくても、回復は見られたのではないかというものだ。こうした見方を払拭するには、山下氏も説明していたが、再生メカニズムも含めて効果を証明する努力は欠かせない。

 ステミラックは、2019年2月に薬価収載され、1回の治療当たり1495万7755円と高額。注目されている最新医療の金額の高さが取り沙汰されるときには頻繁に引き合いに出されている。治療効果がないのだとすれば、『ネイチャー』で批判が掲載された通り、患者が無駄に費用負担したことになりかねない。

 新しい試みは批判なしには前に進めることができないが、情報はオープンに、説明は尽くしていくべきだ。もっとも批判にもよらず、日本以外の国にしても、日本で先行した早期承認制度に近い仕組みの検討は始まっている。光の部分も陰の部分も視野に入れつつ、確かな再生医療を築いていけるかどうか。再生医療の実力ばかりではなく、日本の実力も問われる。

 次回も引き続き、再生医療の最新動向について見ていく。


【参考文献】

Nature. 2015 Dec 10;528(7581):163-4. doi: 10.1038/528163b.

Nature. 2018 May;557(7707):611-2. doi: 10.1038/d41586-018-05284-w.

Nature. 2018 Sep;561(7724):455-7. doi: 10.1038/d41586-018-06756-9.

Nature. 2019 Jan;565(7741):535-6. doi: 10.1038/d41586-019-00332-5.

Nature. 2019 Jan;565(7741):544-5. doi: 10.1038/d41586-019-00178-x.

Nature. 2019 May;569(7754):40. doi: 10.1038/d41586-019-01364-7.

(タイトル部のImage:Sashkin / rost9 -stock.adobe.com)