前回まで見てきたように、本格的に実用化のフェーズに移ってきた「再生医療」。周辺の分野にも新しいビジネスがどんどん広がっている。日本で再生医療の最先端で勝負をかける企業人や研究者らはどんな未来を描くのか。再生医療で勢いのある京都・神戸はもとより、全国で新産業の胎動が感じられる。今回訪れたのは、再生医療のインフラといっても過言ではない「細胞培養」の技術を武器に提携先を広げようとしている沖縄発のベンチャー企業だ。

(写真:沖縄健康バイオテクノロジー研究開発センター)

 空高い雲、濃い緑の葉を茂らせた樹木。那覇空港から車を1時間ほど走らせた先にあり、太平洋を間近に望む沖縄県うるま市の沖縄健康バイオテクノロジー研究開発センター。ベンチャー企業フルステム(沖縄県那覇市、代表取締役:千葉俊明氏)は昨年8月、そこに研究拠点を開設した。

 創業3年目ながらフルステムは既に北海道大学との連携を開始。沖縄でも南部徳洲会病院との共同研究を開始したところ。手がけているのは、細胞を培養する小型の装置(写真1)。

 沖縄から再生医療に挑むのは地理的にも経営資源の面でも不利にも見えるが、創業者であり、医師の資格も持っている千葉俊明氏は、「沖縄は日本にとって東アジアの玄関口。再生医療をアジアに広げるために大きなアドバンテージ。ここから世界にも打って出たい」と言う。

写真1●フルステムが開発を進める次世代型培養装置「アチーバ-CS」(写真:ナカンダカリマリ、以下同)

 特徴は「不織布」と呼ばれるタイプの素材を応用して、細胞を増やしていく技術だ。フルステムを訪れ、同社が再生医療の世界にどんなニーズを捉え、何を変えようとしているのかを聞いた。

効率を10倍に高める

 フルステムが保有している細胞を増やすための特許技術は、不織布と呼ばれる、使い捨ての「お手拭」にも使われるタイプの素材を細胞の足場として応用するものだ。不織布は、糸を織ったり編んだりせずに、繊維を機械などで押しつぶして作り出した布である(写真2)。

写真2●不織布

 細胞を培養する装置は、2本のボトルに培養液が満たされており、この中に不織布が浸された状態になっている。縦60cmで、横50cmの箱型で、実際に見ると思いのほか小さい。入り組んだ繊維の中に細胞を取り込み、そこで細胞を増やす。

 一般的に細胞の足場となる培養皿では、1人の再生医療で使うための1億個の細胞を作りだそうとすると、直径10cmの培養皿を250枚以上使い、最低6人で培養液の交換を繰り返す必要がある。それが不織布を足場にした仕組みを使うことで、効率を10倍に高められ、コストは4分の1に圧縮できる。対応するための人は1人だけいればいい。「従来法では一度に培養できる細胞数は1億個が限界だったが、不織布をつかった方法であれば10億個の細胞を培養できる」と千葉氏は説明する。

 さらに、細胞培養のためには、不織布を使わずに、培養液の中に浮いた状態で増やす方法もある。この場合も、細胞同士が触れて刺激を受けると、細胞が成長してしまう難点がある。不織布を活用することで、様々な細胞に分化する幹細胞のメリットを保てるのは重要だ。

 メリットは他にもある。培養皿を使うと、培養液を交換するときに菌などが混入してしまう可能性がある。外から遮断されて、全自動で培養できるフルステムの装置だと、感染が広がる恐れがなくなる。また、基本ソフトに、携帯電話に使われるアンドロイドを使うなど、初期投資を抑えている。さらに、通信機能も備えており、遠隔操作で状況をモニターすることも可能としている。

転機は細胞をはがせたこと

 そもそも千葉氏がフルステムを創業したきっかけは、海外での再生医療の進歩を目の当たりにしたことだ。

 千葉氏の専門は脳神経外科で、再生医療の認定医でもある。2004年10月から2年間にわたって、米コロラド州立大学の研究室に留学していた。世界で初めて中絶胎児からの細胞をパーキンソン病患者に移植した研究室だ。ここで千葉氏は再生医療の研究が目覚ましく進歩を見せる米国の状況を知った。日本ではES細胞(胚性幹細胞)の利用を規制する方向で議論が進み、日米の差を感じて、「このままでいいのだろうか」という危機感にも似た思いを抱くようになる。

 帰国後、千葉氏は、脳神経外科医として研究にも当たっていたが、研究成果を生かした新しい産業の育成に関わろうと思い至る。手間、品質、費用の面で実用化に壁が立ちはだかっていた再生医療の世界を、不織布を使った細胞培養の効率化で変えようというアイデアは国内外の情報を集める中で得たものだ。沖縄県の再生医療の産業化事業の助成金を得て、2014年に研究に着手。国家戦略として産業振興が進められる地の利も生かせた。

 千葉氏は「不織布を使うと大量の細胞が培養できることは誰もが分かっていた。もともと細胞にワクチンを作らせる技術として使われていた。それを製薬企業でも応用を検討していたようだが、うまくいかなかった。問題となったのは、細胞が増えるのだが、不織布から細胞をはがせなかったこと。再生医療の場合には、ワクチンとは異なり細胞そのものが必要になるので壁となっていた」と振り返る。

フルステム代表取締役の千葉氏

 ブレークスルーは、不織布から細胞をはがす技術を確立したことだ。千葉氏は、米国留学でES細胞を使った実験を繰り返した経験も下地にして酵素を組み合わせて細胞を痛めずにはがすことに成功。それは2015年10月のことだった。本格的に事業として拡大させるべく、2016年8月に会社を設立した。国際特許も取得している。

前立腺がんの後の後遺症の治療に応用

 こうして千葉氏が再生医療に乗り出された背景の一つに、新しい制度の存在もある。再生医療等安全性確保法が2014年に施行されて、医療機関が細胞の加工や保存を企業に委託できるようになったことだ。医療機関は自前で設備投資をしなくてよくなり、再生医療の手がけ方が多様になった。これでフルステムのような小型の細胞製造装置が広がる見通しが立ったのは重要だ。

 こうした制度があったからこそ、千葉氏は沖縄徳洲会の南部徳洲会病院に呼びかけ、2018年4月に連携にたどり着くこともできた。南部徳洲会病院は、幹細胞を利用した再生医療を手がけようという考えを持っていたが、大きな培養設備の設置には至っていなかった。フルステムの新技術により背中を押された形だ。

 南部徳洲会病院で研究が進められるのは、前立腺がんの手術後の男性の尿失禁を治す治療だ。手術の後に、尿道括約筋と呼ばれる筋肉や神経が痛んでしまって、尿が漏れてしまうことが問題になっていた。再生医療の内容としては、患者本人の脂肪から取った幹細胞を増やして、注射により損傷を受けた場所に移植して再生させるというものになる。南部徳洲会病院を中心として4年間をかけて治療の効果を検証することになっている。

 この再生医療の実現にフルステムの新技術の貢献するところは大きい。同様な治療を実現するには、従来であれば、患者に対して全身麻酔を行い350mLという小さめのペットボトルほどの脂肪幹細胞を取り出す必要があった。それが新技術を導入することで、採取すべき細胞は10mL程度と大幅に少なくできる。取る細胞の量も少ないので、患者には局所麻酔を行うだけで済む。細胞が取りづらい高年齢でも手術可能になる見込みがあるのが大きい。この再生医療では、1cm3で1億個の細胞が必要だが、フルステムの装置で対応可能だ。

「持たざる経営」で早期市場進出へ

 泌尿器科の医師、向山秀樹氏は、「再生医療の実証試験が成果を上げれば、その体制を作ることができれば、沖縄発の再生医療を全国に広げられる可能性もある」と説明する。

南部徳洲会病院泌尿器科の向山氏

 装置を小型化し、初期投資も抑えられる設計にしたことで、医療機関での導入がしているのは大きい。大学、製薬企業に加えて、化粧品、毛髪再生、バイオ3Dプリンター用の細胞インク製造を担う企業などでの採用も視野に入る。2019年4月には、北海道大学での脳梗塞後の骨髄幹細胞を使った再生医療のために装置の提供を始めた。フルステムは連携先を広げていく計画だ。

 フルステムでは、自社の特許に基づいて、装置の製造は外部の企業に委託しており、自社では製造を行わない体制にしている。技術を早期に市場に出すためには、あえて自前主義にこだわらず、実績ある外部メーカーの力を生かす選択肢を取るのは一つの手になる。こうした製造設備を持たない経営方針は、「持たざる経営」「ファブレス企業」といわれる。新しい技術の発展が各所で起こるこれからは、フルステムのようなバイオ分野のファブレス企業が注目されてくるかもしれない。

 次回は、細胞の研究から新しい分野を切り開こうとするベンチャーをさらに訪ねていく。

(タイトル部のImage:Sashkin / rost9 -stock.adobe.com)