これまで事業化が進んでいる「再生」テクノロジーを取り上げてきたが、その対象にはまだまだ未開の領域が多いのも確か。そこは涸れ井戸の可能性もあれば、イノベーションの源泉になる可能性も秘める。その一つが「免疫」と呼ばれる領域だ。正常な機能を失った免疫の“再生”の鍵を握る「制御性T細胞」を発見して、医療へ応用しようと奮闘する研究者がいる。ノーベル生理学・医学賞は確実といわれる実績をつかんだ大阪大学栄誉教授の坂口志文氏だ。レグセルというベンチャー企業を設立し、新産業の創出を目指す。

 免疫とは、細菌やウイルスなどの外敵から自分を守る、体に元来備わっている機能の一つである。

 本来、免疫のおかげで病気になりづらくなるが、時に免疫が暴走して、病気になることもある。例えば、アレルギー疾患や、関節リウマチなどの自己免疫疾患である。臓器移植を行った後、拒絶反応が起きるのも、そうした困った免疫の反応の一面といえる。逆に、がんのように、免疫が弱まることで悪性細胞の増殖を許してしまう病気もある。HIV(ヒト免疫不全ウイルス)の感染によって起こるエイズも免疫反応が起こってほしいのに起きないケースだ。

 そうした免疫の暴走や不全を正常に戻す医療の実現を目指すのが、大阪大学栄誉教授の坂口志文氏(免疫学フロンティア研究センター特任教授[実験免疫学])である。毎年秋のノーベル生理学・医学賞の受賞者発表前に有力候補として常に名前が挙がる人物だ。

 坂口氏が行っているのは、免疫を抑えるのに特化したリンパ球の一つ、「制御性T細胞」を応用しようということ。この制御性T細胞は、どんな人でも血液のリンパ球の中に一定割合がある。このリンパ球が、免疫の関わる病気の発症にとって人でも重要であることが分かってきている。坂口氏は、いかに病気を治すかに注目している。

 制御性T細胞を本格的な事業に育てようと、2016年にレグセルを設立。坂口氏は技術責任者を務め、今も研究の最前線に立つ。制御性T細胞(regulatory T cell)は「Tレグ(T reg)」とも呼ばれ、レグセルの名前はそこに由来するものだ。2017年には、富士フイルムなどから第三者割当増資による6.2億円の資金調達を行っている。

 会社そのものは、まだ事業を作り出すに至っていない。実用化へは高い壁を越えねばならない。バイオ分野に限らず、ベンチャーが経験する厳しい局面にある。それでも坂口氏は自らの技術の可能性を信じ、模索を続ける。先にあるのは、失敗か、世界を変えるイノベーションか。どちらの確率が高いのか知りたくて、日夜奮闘する研究者の元を訪れた。

坂口研究室のメンバーたち(写真:岡崎利明、以下同)