「このままでは、本当に立ちゆかなくなる」

 さらに、2015年に大きな転機を迎える。五十嵐氏は「京都大学の本庶佑氏がノーベル生理学・医学賞を受賞したことでよく知られる免疫チェックポイント阻害薬『オプジーボ』の保険適用が拡大したことで、医療とお金の関心が大きく変化した」と話す。オプジーボは年間1人当たり3000万円近くの薬剤費を要する薬として、何度も報道で取り上げられるようになった。発売当初の2014年には適用されるのはまれな皮膚がんの一つ、メラノーマ(悪性黒色腫)にとどまったが、肺がんを皮切りに、複数のがんへと適用拡大されて、薬剤費が大幅に上積みされる見通しとなったのが大きかった。同年には、C型肝炎ウイルス治療薬である「ハーボニー」が薬価収載された。この薬は、1錠8万円近くし、その価格も注目された。

 五十嵐氏は、中央社会保険医療協議会(中医協)での議論から風向きの変化を感じたという。「医師側の代表者は基本的に多くの医療を推進する立場であるが、推進一辺倒ではなくなってきた。オプジーボは2018年に発明者の本庶佑氏のノーベル生理学・医学賞の受賞が決まり、お金の話が沈静化するのではとも思ったが、そうならなかった」と振り返る。

 そして2019年、「CAR-T(キメラ抗原受容体を用いた遺伝子改変T細胞療法、カーティー)」と呼ばれるT細胞を使ったがん治療法「キムリア」が保険適用となった。患者の血液からT細胞を含むリンパ球を取り出し、遺伝子改変したT細胞を作り、患者に戻すなど手間がかかる治療となる。そうしたコストを踏まえ、保険適用価格が3350万円となり、白血病への高い治療効果から画期的な治療とは認められるものの、「支払われる医療費は、自分たちが支払う保険料から賄われるものだ」という考え方が日本の国民にも共有されるようになった。「本当に立ちゆかなくなるという意識が切実になった」と五十嵐氏は世論から感じ取っていた。

 「命とお金は天秤にかけられない」「命は地球よりも重い」など、医療とお金の話はタブーや聖域というふうに捉えられる雰囲気はあるが、そこは以前と大きく変わった。「金の話をしてはいけない」「はしたない」といった感覚ではなく、「しないとそもそも立ちゆかない」という形になったのである。正解を求めるのは困難だが、医療においてコスト意識が醸成されるようになった。課題は費用対効果に基づく変革を世の中がどこまで許容できるかとなる。五十嵐氏は、「変わり始めており、今はゼロではなく、2.5合目くらいから進行しているとみるのがいいのだろう」と述べる。