医療をめぐる意識の変革

 五十嵐氏は、より草の根レベルでもデータは求められる可能性があるという。医師や患者が、薬の効果が値段に見合うのかという関心を高めていると考えるからだ。「医師や患者に向き合い、価格に見合う効果があるかどうかの説明責任がこれまでよりも求められる」とみる。

 今後、値決めに使われるにせよ、保険適用の是非にまで議論が向かうにせよ、医療がもたらす価値を提示するために、そうしたデータがますます重視されるのは確かだろう。

 五十嵐氏は、「欧州の国民は、医療が自分たちの負担で成り立つという意識が強いと感じる。同様に、日本でも医療にかかるコストへの意識が高まってきて不思議はないだろう」と言う。

 医療の価値を厳しく見ていく中で、受けられる医療が受けられなくなるのではないかという心配が強まる可能性はある。五十嵐氏は「英国においては因果が逆になっている。というのも、英国では一部が公的保険で賄われ、地域ごとに対象を決めていた。場所によって受けられる治療が変わっていたため、もともと医療のアクセスの制限が問題だった。その状況を直すために、全国レベルで費用対効果を評価するNICE(英国国立医療技術評価機構)と呼ばれる組織が作られ、アクセス制限がある状況を是正していった」と説明する。そうした状況は日本では異なるため、医療の価値と負担をめぐる課題は今後、英国などとは違った形で議論を重ねる必要があるだろう。

 世界的に見れば、米国においては、医学会が「チュージング・ワイズリー(Choosing Wisely)」と呼ばれる動きを広げて、価値のある医療に医療資源を回そうと活発に動いている。国際的に広がりを見えて、日本でも動きはある。薬剤の領域でも、使うべき薬をあらかじめ定める「フォーミュラリー」と呼ばれる仕組みが日本でも広がる。

 医療の価値を起点とした医療の提供は「バリュー・ベースド・メディシン」として注目される。バリューとコスト、データをいかに結んでいくかには変革の種があるのだろう。

 次回は、医療情報の観点から、国民と医療との関係を再構築することで医療を持続可能なものとするイノベーションの現場を訪ねる。

(タイトル部のImage:Sashkin / rost9 -stock.adobe.com)