今年5月、白血病の新薬キムリアに1回3350万円という高い薬価が付き話題になった。現在開発中の再生医療技術も、低分子医薬品並みの価格というわけにはいかないだろう。少子高齢化と医療技術の高額化で破綻の兆しを見せる医療制度をどう“再生”し、持続可能なものにしていくか。今回見るのは、超高額医薬品の登場が続き、財政に与える影響への目線が厳しくなっている医療の「値決め」の現場。医療の質を保ちつつ、破綻を防ぐための道筋とは? 国内での費用対効果研究の第一人者、東京大学大学院特任准教授(薬学系研究科医薬政策学)の五十嵐中氏に話を聞いた。

 日本では2019年4月に本格的に始まったのが、「医療技術評価(Health Technology Assessment:HTA)」と呼ばれる制度だ。医療にかけられる費用と、医療から生み出される健康上のメリットに注目して、保険適用や医療にかかるコストを決めるために利用する。医療システムの効率を高めていくのがゴールになる。

 日本においては、まずは試行的に2016年から13品目の薬剤と医療機器で試験的に進められた。QOLの保たれた寿命(QALY)を1年延ばすのにかかるコストの基準を500万円とし、それ以下で済めば問題ないが、それ以上かかるならば、薬価を段階的に引き下げるといった評価を行った。こうした検証を経て、2019年から本格的に適用範囲を拡大していくことになる。

 日本ではあまり話題に上っていないが、医療と経済をめぐる考え方を静かに、しかし大きく変え得るという意味では、ディスラプティブイノベーションと呼べる動きの一つといえるのだろう。日本の医療をどう変えていくのか。

東京大学大学院特任准教授の五十嵐氏(写真:寺田拓真、以下同)

 こうした動きは突然始まったというよりも、ここ20年近くをかけてゆっくりと進んできたものがここにきて本格的に表面化したというのが妥当であるようだ。

 五十嵐氏は「そもそも最初のターニングポイントは、2000年代、関節リウマチの領域だった」と話す。関節リウマチの領域において、年間100万円近い薬剤費がかかる抗体医薬が登場したことだ。もともと高額な薬としては抗がん剤もあったが、長期にわたって使う人は多くはなかった。それが抗リウマチ薬の場合には、10年ほどにわたって使われることも珍しくない。そうして自己負担の問題が無視できなくなった。医師の間でも高額療養費制度の下、自己負担の上限ぎりぎりで支払われる薬の登場は、財政に悪影響を及ぼすのではないかとささやかれるようになった。


「このままでは、本当に立ちゆかなくなる」

 さらに、2015年に大きな転機を迎える。五十嵐氏は「京都大学の本庶佑氏がノーベル生理学・医学賞を受賞したことでよく知られる免疫チェックポイント阻害薬『オプジーボ』の保険適用が拡大したことで、医療とお金の関心が大きく変化した」と話す。オプジーボは年間1人当たり3000万円近くの薬剤費を要する薬として、何度も報道で取り上げられるようになった。発売当初の2014年には適用されるのはまれな皮膚がんの一つ、メラノーマ(悪性黒色腫)にとどまったが、肺がんを皮切りに、複数のがんへと適用拡大されて、薬剤費が大幅に上積みされる見通しとなったのが大きかった。同年には、C型肝炎ウイルス治療薬である「ハーボニー」が薬価収載された。この薬は、1錠8万円近くし、その価格も注目された。

 五十嵐氏は、中央社会保険医療協議会(中医協)での議論から風向きの変化を感じたという。「医師側の代表者は基本的に多くの医療を推進する立場であるが、推進一辺倒ではなくなってきた。オプジーボは2018年に発明者の本庶佑氏のノーベル生理学・医学賞の受賞が決まり、お金の話が沈静化するのではとも思ったが、そうならなかった」と振り返る。

 そして2019年、「CAR-T(キメラ抗原受容体を用いた遺伝子改変T細胞療法、カーティー)」と呼ばれるT細胞を使ったがん治療法「キムリア」が保険適用となった。患者の血液からT細胞を含むリンパ球を取り出し、遺伝子改変したT細胞を作り、患者に戻すなど手間がかかる治療となる。そうしたコストを踏まえ、保険適用価格が3350万円となり、白血病への高い治療効果から画期的な治療とは認められるものの、「支払われる医療費は、自分たちが支払う保険料から賄われるものだ」という考え方が日本の国民にも共有されるようになった。「本当に立ちゆかなくなるという意識が切実になった」と五十嵐氏は世論から感じ取っていた。

 「命とお金は天秤にかけられない」「命は地球よりも重い」など、医療とお金の話はタブーや聖域というふうに捉えられる雰囲気はあるが、そこは以前と大きく変わった。「金の話をしてはいけない」「はしたない」といった感覚ではなく、「しないとそもそも立ちゆかない」という形になったのである。正解を求めるのは困難だが、医療においてコスト意識が醸成されるようになった。課題は費用対効果に基づく変革を世の中がどこまで許容できるかとなる。五十嵐氏は、「変わり始めており、今はゼロではなく、2.5合目くらいから進行しているとみるのがいいのだろう」と述べる。


ポイントは「データ」

 医療とお金の問題をめぐって、これから医療の価値に関心の目が注がれるようになる。「説明責任として費用対効果は注目される」と五十嵐氏は言う。薬は承認される段階では、例えば、高血圧の薬では、血圧を下げられるかが重視される。一方で、本来は、その薬を飲むことで、QOLが上がったり、寿命が延びたりすることこそ重要だ。

 今後は、そうした医療の本当の価値を示す「真のエンドポイント」に通じるQOLや寿命にまつわるデータがより求められる可能性があると五十嵐氏はみる。そこから問われるのは医療の実力だ。

 繰り返しになるが、求められるのは、医療に関わるデータである。「財政への影響が大きな薬や目立つ薬について厳しい目が注がれる傾向が出てくるのではないか」と五十嵐氏はみる。今後は、データに基づいて、政策が作られる流れが強まるのではないかという。海外は先行して動きが活発だ。価値がないと見なされた医療は、保険から外されることもある。有名なのは、フランスで認知症の薬が保険適用から外された事例だ。「日本では、医療行為の多くが保険でカバーされている背景もあり、いきなり保険適用の除外までするのではなく、値決めに使うという流れになるのではないか」と五十嵐氏は説明する。

 注目されるのは、どのように医療の生み出す価値と値段が結びつけられるか。五十嵐氏は、「海外を見ると、費用対効果以外の部分をいかに組み入れるかが逆説的だが課題になってくる」と指摘する。英国の例では、ある薬の費用対効果を見たときに、保険の非適用が俎上に上ることがある。そうした場合には、薬の効果はゼロかイチか決まるわけではなく、交渉の中で落とし所を決めるような形になっている。そこでは、費用対効果以外の要素も踏まえ、保険適用から単純に外すのではなく、価格を安くするという結論になることも多い。また、将来データを出すことを約束させて、保険適用を認めるような考え方もあり得る。実際、CAR-Tのがん治療などではそうした考え方が取られている。値決めにおいて、どういったファクターに注目するかは重要になる。

医療をめぐる意識の変革

 五十嵐氏は、より草の根レベルでもデータは求められる可能性があるという。医師や患者が、薬の効果が値段に見合うのかという関心を高めていると考えるからだ。「医師や患者に向き合い、価格に見合う効果があるかどうかの説明責任がこれまでよりも求められる」とみる。

 今後、値決めに使われるにせよ、保険適用の是非にまで議論が向かうにせよ、医療がもたらす価値を提示するために、そうしたデータがますます重視されるのは確かだろう。

 五十嵐氏は、「欧州の国民は、医療が自分たちの負担で成り立つという意識が強いと感じる。同様に、日本でも医療にかかるコストへの意識が高まってきて不思議はないだろう」と言う。

 医療の価値を厳しく見ていく中で、受けられる医療が受けられなくなるのではないかという心配が強まる可能性はある。五十嵐氏は「英国においては因果が逆になっている。というのも、英国では一部が公的保険で賄われ、地域ごとに対象を決めていた。場所によって受けられる治療が変わっていたため、もともと医療のアクセスの制限が問題だった。その状況を直すために、全国レベルで費用対効果を評価するNICE(英国国立医療技術評価機構)と呼ばれる組織が作られ、アクセス制限がある状況を是正していった」と説明する。そうした状況は日本では異なるため、医療の価値と負担をめぐる課題は今後、英国などとは違った形で議論を重ねる必要があるだろう。

 世界的に見れば、米国においては、医学会が「チュージング・ワイズリー(Choosing Wisely)」と呼ばれる動きを広げて、価値のある医療に医療資源を回そうと活発に動いている。国際的に広がりを見えて、日本でも動きはある。薬剤の領域でも、使うべき薬をあらかじめ定める「フォーミュラリー」と呼ばれる仕組みが日本でも広がる。

 医療の価値を起点とした医療の提供は「バリュー・ベースド・メディシン」として注目される。バリューとコスト、データをいかに結んでいくかには変革の種があるのだろう。

 次回は、医療情報の観点から、国民と医療との関係を再構築することで医療を持続可能なものとするイノベーションの現場を訪ねる。

(タイトル部のImage:Sashkin / rost9 -stock.adobe.com)