前回は、超高額薬の登場で揺らぐ医療の価格制度への対応策を見たが、今回は、救急需要増加や医療機能の地域偏在など超高齢社会が直面する様々な課題に、データとIT(情報技術)を駆使して挑み、地域医療を「再生」しようとする新興企業に注目する。「Join」というコミュニケーションアプリを皮切りに、医療情報を医療従事者や患者などの間で容易に共有できるツールを続々と発表し、医療の効率化と治療効果の向上につなげるアルム。その事業戦略を知るため、代表取締役社長の坂野哲平氏の元を訪ねた。

 「実際に私たちのサービスを見てみてください」

 坂野氏は、話し始めるやいなや、タブレット端末を取り出し、アプリを起動した。医療現場でのコミュニケーションツールである「Join」の画面が映し出された。

図1●医療関係者間コミュニケーションアプリ「Join」の端末画面イメージ(出所:アルム)

 アプリの上では、手術の映像が確認できる。それに対し、複数の医師がコメントを寄せる。参考となるような画像もアップしながら、アドバイスを送ることもできる。坂野氏は「例えば、リーダーとなる医師が遠方の学会に出席して、病院にいないときも、学会の会場から、緊急オペの指示をすることもできる」と話す。

 また別のアプリ「JoinTriage」の画面を映し出す。

 救急車の中で至急治療を受ける必要がある脳卒中の患者を搬送している状況だ。アプリ上で患者の様子を入力していくと、脳卒中の重症度をトリアージできる。トリアージ結果から患者に最適な治療(血栓溶解療法や血栓回収療法など)を行うことができる推奨医療機関の候補が出てくる。それに対して、搬送ルートと到達時間が提示される。病院と連絡を取り、手術室や薬剤投与の準備をあらかじめ依頼できる。「脳梗塞では4.5時間以内に投与して血栓を溶解させる薬であるtPA(組織プラスミノゲンアクチベーター)を使えば、後遺症を生じさせずに回復する可能性が高まる。そのため、いかに早く治療に入るかが重要となる。これは、同じように心臓の病気でも意味が出てくる」と坂野氏は説明する。

アルム代表取締役社長の坂野氏(写真:寺田拓真、以下同)

 続けて、坂野氏は「MySOS」というアプリも起動して説明する。医療機関ばかりではなく、患者にも持ってもらい、診療情報を共有できるアプリだ。アプリでは、自分の通っている医療機関が持つ過去の診療データを見ることができる。「緊急の場合には、そのデータを参照すれば、そうしたデータがないときと比べてより適切な治療ができる。医療情報を患者自ら持つことで、普段から行動変容にもつながり、健康が保てることにもなる」という。


海外11カ国での展開も始める

 Joinなど提供するサービスの価値が評価され、2014年の発表からわずか5年で、国内35の大学病院が導入するまでになった。海外では11カ国での展開も始まり、欧米のエレクトロニクス領域のジャイアント企業ともいえる、フィリップス、シーメンス、GEのグループとも連携する。それぞれの企業が持つサービスとJoinを連携できるようにしていくのだ。アルムは非上場であり業績の開示は限られるが、増資を重ね資本金を12億8274万円まで増やしており、事業規模を着実に拡大させている。

 アルムはもともと動画配信などの事業をしており、医療分野に本格参入したのが2014年という、いわば「新参者」である。医療機関の脳外科の画像共有システムの開発を手がけたのをきっかけとして、2014年8月に「Join」の提供を開始。2014年11月に旧薬事法の改正でソフトウエア単体が規制対象となり、Joinは同法での医療機器プログラムとして認証を受ける。さらに2016年には保険も適用されることになった。「医療で求められること、ITの導入でかなえられることが一致すると考えられた。それは公的医療保険制度の下、医療費を減らすこと、医療の効果を上げることだ。当社が、業務を効率化したり、救命率を上げたりするためのインフラを提供できると考えることができた」と坂野氏は振り返る。

 医療以外の産業で動画配信のシステムを開発してきた坂野氏にとって、医療現場でのコミュニケーションを支えるシステム開発は難しいものではなかった。「映像関連の処理技術を手がけていたが、動画は静止画像の連続。技術的に進んだことをやっているつもりはゼロだった」と坂野氏。必ずしも先端ではない、いわば“オールドテク”を用いて、医療機能の地域偏在など分断された医療現場を再生させる。そうして、先端技術を凌駕していくかのような様は、まさしくディスラプティブイノベーションだ。


データ活用をてこに医療を効率化

 2018年には、日本脳神経外科学会が、冒頭で紹介した、脳卒中の救急の現場でのアプリ利用を研究することを発表した。新興企業が生み出したアプリに、主要な医学領域の代表的な団体が強力にバックアップする。異例の評価を受けた形となる。実際に、医療情報が離れた場所で容易に共有できる仕組みは高く評価されているのだろう。

 坂野氏は、現状の公的保険制度は非効率で、課題は多いと見て、インフラの充実をさらに進める。ゴールの一つには、個人の診療データを本人の手に戻すことがある。国は2018年に次世代医療基盤法を施行して、匿名化された医療情報を活用しやすくする制度を整備した。これに対して、坂野氏は「医療情報は、本来ならば個人に所属するものだろう。患者にデータを戻していくのがより妥当ではないか」と話す。診療データを匿名化して、そのデータを外部に利用させる考え方だと、診療データの所有者は医療機関ということになってくる。それよりも良い形があるのではないかと模索する。

 「診療データを活用したいならば、患者さん一人一人から同意を得ていくのが本来の形ではないかと思う。納得尽くでそのデータを使えるようにする仕組みがよいのでは」と坂野氏。そこで武器になるのは、Joinをはじめとしたアプリだと想定している。患者の同意を得て、患者が情報の提供先を決めることができれば、複数の病院にまたがって利用するような新しい医療が実現する可能性も見えてくる。患者の紹介はもとより、診療情報の共有、医療行為の重複の防止など、使い道は幅広く考えられる。まさしくデータとアプリが医療の効率化を推し進める形となる。

 アルムは、医師の中だけではなく、看護や介護にもサービスを広げる。医療機関が所有する診療データの活用をめぐっては多くの企業が事業化に向けて動いているが、患者同意取得や匿名化など課題が多く活用はなかなか進まない。その急速な事業拡大を見ると、アルムは医療機関に眠るデータの価値を呼び覚ます台風の目と言えるだろう。

 今回の取材では、坂野氏は、上場にもあまり関心がないように見えた。企業がより自由に産業に働きかけていけるという意味からは、その企業のあり方を考えても、現代らしい企業の形がここにあるかもしれない。

■変更履歴
記事初出時、脳卒中の疑いがある患者を搬送する際に、救急隊が使用する想定で開発されたアプリを「Fast-ED」と記載しておりましたが、2019年7月から「JoinTriage」に名称が変更されていましたので訂正いたしました。「アプリ上から問い合わせると、現在受け入れ可能な病院の候補が出てくる。」との記載は、「アプリ上で患者の様子を入力していくと、脳卒中の重症度をトリアージできる。トリアージ結果から患者に最適な治療(血栓溶解療法や血栓回収療法など)を行うことができる推奨医療機関の候補が出てくる。」に訂正いたしました。また「海外では12カ国での展開も始まり、」とあったのは、「海外では11カ国での展開も始まり、]の誤りでした。

(タイトル部のImage:Sashkin / rost9 -stock.adobe.com)