がん患者ではなく、その人ならではの“役割”を持てる幸せ

 なぜアピアランスケアが必要なのか、改めて野澤氏に尋ねた。

 「外見の変化に起因する苦痛の一つは、それが病気のイメージそのものだから。たとえば切除した乳房を見るたびに病気を思い出してツラくなる。第2は自分の姿に対する違和感。艶やかな髪の毛が自慢だった人にとって、脱毛は耐えがたいだろう。第3は今まで通りの対等な人間関係が築けないこと。『がんになった可哀そうな人』『病気で大変な人』と見られることで、以前と同じ付き合いができなくなることに苦痛を感じている」

 これらの苦痛を緩和し、QOL改善につなげることがアピアランスケアの狙いだ。先述の職場復帰を控えた女性のように、周囲との関係性を見直すことで解決することもある。また、美髪自慢の人は納得のいくウィッグを見つけることでQOLが高まるかもしれない。いずれにしても大切なことは「その人らしさ」の尊重だという。

 「医療におけるアピアランスケアのゴールは、患者と社会とをつなぐこと。ここで言う社会とは家族を含めた、その人を取り巻くすべての関係性のことで、そのなかで生き生きと過ごすことができるように支援をしたい」

 最後にがん病棟での結婚式のエピソードを紹介したい。

 余命2週間の女性が病棟で結婚式の写真を撮るからと、野澤氏のもとに相談が寄せられた。ドレスなどの準備をウェディングプランナーに依頼することも可能だったが、野澤氏はあえて新郎新婦に自分たちの手で準備をするように伝え、ネットでの探し方を教えた。ドレスやタキシードなどの手配のほか、院内美容室とのヘアメイクの打ち合わせなど、彼らにとっては忙しい日々だったに違いない。しかし、手配が一つ終わるたびに、野澤氏のもとには彼らから「ティアラ、ゲットしました!」「手袋ゲットしました!」「妻のドレスより僕のタキシードが高いんですけどいいですかね・・(汗)」など、喜びにあふれた報告メールが届いた。

 「彼らは間違いなく幸せな新婚さんでもある。人間にはいろいろな役割があるのに、病気になるとそのインパクトの大きさから、患者という一つの役割に縛られる。話しかけられる言葉も『具合はどうか』といったことばかり。しかし、結婚式の準備を進める間、その女性はがん患者ではなく、キレイな姿を見せたいと願う一人の花嫁だったし、ご主人もがん患者の夫ではなく、妻を愛する一人の新郎だった。結婚式そのものよりも、相手を思いながら準備を進めた時間にこそ意味がある」

 その後、女性は旅立ったが、美しいドレス姿だけでなく、生きる力強さや二人で準備した思い出はいつまでもご主人の、そして関わったみんなの心に刻まれ、いまも遺された人たちを支えている。

国立がん研究センターの1階にあるアピアランス支援センター。月曜日から木曜日の12時から13時は自由見学が可能(基本、院内患者対象)。また、看護師や心理療法士によるミニ講座「外見(アピアランス)のケアプログラム」も開催し、適切な情報発信に努めている

(タイトル部のImage:udra11 -stock.adobe.com)