がん治療に伴う外見(アピアランス)の変化と聞いて、真っ先に思い浮かぶのは脱毛ではないだろうか。しかし、全員が脱毛するわけではないし、部分脱毛の人もいれば白髪になる人もいる。さらに言えば、頭髪の変化を思い悩む人もいれば、まったく気にしない人もいる。

「アピアランスの痛みは人それぞれだから、一括りにしないでほしい」

そう語るのは国立がん研究センター アピアランス支援センター センター長の野澤桂子氏だ。一人ひとりのがん患者と向き合う医療者だからできるアピアランス支援とは何か、話を聞いた。

 2018年3月閣議決定の第3期がん対策推進基本計画に初めてアピアランスという言葉が盛り込まれた。これほど外見の問題が注目されるようになった理由は科学の進歩に他ならない。長期生存が可能になり、QOLの概念が浸透。入院日数の短縮化や外来治療のための環境整備、治療技術や制吐剤などの支持療法の進歩により、今では日常生活のなかで治療を続ける人も珍しくない。

 がん治療は着実に前進しているのだが、患者と社会との接点が増えたことで、アピアランスの問題が浮き彫りになった。治療内容によっては頭髪や眉毛の脱毛、乳房の切除、体表の傷、爪の変色・変形、肌荒れといった外見的変化が起こり得る。

国立がん研究センター アピアランス支援センター センター長 野澤桂子氏(写真:早川 マナ、以下同)

 そういった変化に悩む患者のために開設されたのがアピアランス支援センターで、ウィッグに関する相談も多く寄せられる。しかし、野澤氏が「もし無人島に一人きりだとしたら、それでもウィッグを被る?」と問うと、ほとんどの人が「NO」と答える。何十万円もする高価なウィッグを持っていても一人でいるときは使わない人が多いという。

 「これまで医療が対象にしてきた痛みは吐き気やしびれ、便秘といったもので、これらはどんな環境にいても痛かったし苦痛だった。しかし、外見の悩みは違う。他人がいるから感じる痛みであり、自分と社会との関係性から生じる痛み。だから、症状と苦痛が比例しないし、年齢も性別も関係ない。外見を気にせず外出できる人もいれば、ほぼ元通りなのに外出できない人もいる。人それぞれに感じる痛みは違う」

ウィッグは数千円のものから何十万円のものまで幅広い。アピアランス支援センターでは販売も個別の製品紹介もしていないが、さまざまなタイプを自由に試着して、自分に似合うヘアスタイルを探すことができる。「好きか」「似合うか」だけでなく、「本当に必要か?」といったところまで踏み込めるのは院内施設ならではと言える

医療者が目指すアピアランスケアの意味

 ある日、あすから職場復帰だという女性がアピアランス支援センターにやってきた。相談内容は「涙で落ちない眉墨とマスカラを教えてほしい」というもの。「やっと長い治療が終わりました。薄くなった眉毛もまつ毛もバッチリにして会いたいけど、みんなの顔を見たら嬉しすぎて泣いちゃいそう。会社の人、みんな優しいから」と言う女性に、野澤氏はこう語りかけた。

 「いまどきのウォータープルーフだったら、どれでも大丈夫よ。でもね、職場のみんなは治療を終えたあなたを温かく迎え入れてくれるような人たちなのでしょう? もしも黒い涙が流れてパンダみたいになったとして、みんなは笑うかな?」

 女性は首を横に振り「いえ、きっと一緒に貰い泣きしてくれる、そういう人たちなんです。そう思ったら気が楽になりました」と、笑顔でセンターを出ていった。

アピアランス支援センターでは化粧品やネイルケアグッズなども試すことができる

 医療者が行うアピアランスケアとは何か、野澤氏はずっと考えて研究してきた。その結果、がん患者は、外見の症状そのものより、その姿で行く先の人間関係やコミュニケーションシーンに悩んでいる場合が多いことがわかった。ならば、円滑にいくようにアドバイスをするのが、最初に医療者の行うべきことだ。

 この女性にとって最も大切なのは、そんな温かな場所に元気に戻れた幸せを100%実感し、周囲とも共有することである。それが、その後の女性を、周囲の人を、支えて行く。もし、上手に涙をふくハンカチの持ち方を教え、より強力なウォータープルーフの商品を試していたら、その大切な場面で、うまくできたかな、という些末なことに意識が行ってしまいかねない。

 同じ相談を化粧品売り場でしていたら、女性は少しでも強力なウォータープルーフの商品を探して買っただろう。それはそれで大切な答えの一つだ。しかし、医療者が同じことを行う必要はない。外見は、人が社会を生きる手段の一つに過ぎないのだから、キレイになってもならなくても、逆に症状を強調しても、患者が自分らしく快適に過ごせるなら構わないと、医療者は考えるからである。

 職種によって支援のゴールは異なるのだ。

「弱酸性」「ノンシリコン」「無添加」は本当に効果があるのか

 医療者によるアピアランスケアは以前から行われてきた。アンケート調査では「外見に関するアドバイスを誰にもらったか」との問いに、7割が「医療者」と回答。確かに診察の流れで外見について話すのは自然であり、ウィッグやメイクだけでなく、基礎化粧品やシャンプー、サプリメントなどに話題が及ぶこともある。

 しかし、医療者は医療の専門家であって、美容の専門家ではない。それでも患者の役に立てばと「メーカーの受け売りをそのまま話す人もいる」と、野澤氏は指摘する。

 「医療者にはきちんとした情報を発信してほしいので、巷に流れる『弱酸性が良い』『シリコンシャンプーはダメ』などの情報をひとつずつ精査した。その大半は十分な研究がなされておらず、メーカーに問い合わせても根拠不明のものもあった。結果的に、確かな科学的根拠を持つ情報はなかった」

ウィッグに不慣れな人に野澤氏が薦めているのがベレー帽。ベレー帽は、カフェなどの室内でも外さなくて良く、また、似合わないウィッグもベレー帽と合せると、急に顔に馴染んでバランスが取りやすくなるという。また、「治療後は元の髪が生えるから、いまだけのおしゃれを楽しみたい」と、金髪のウィッグを選ぶ人もいる。アピアランスの痛みもその受け止め方も人それぞれだ

 野澤氏はこれら研究成果をもとに、医療者向けの『がん患者に対するアピアランスケアの手引き』を発行した。アピアランスケアのための医療者教育はがん基本計画でも指摘される課題で、野澤氏への講演依頼も多い。国立がん研究センター中央病院が主催する拠点病院の医療者に限定した勉強会でも、募集開始からわずか10分で満席と、プラチナチケットになっている。

 「医療者にしかできないアピアランスケアがある。たとえば、がん治療で脱毛するのは全体の2割程度。脱毛ではなく、治療期間中だけ白髪になる人もいる。治療によって身体にどういった変化が起こり、それがいつまで続くのかを言えるのは現場の医療者だけ。一人ひとりの患者に合ったケアに努めてほしい」

がん患者ではなく、その人ならではの“役割”を持てる幸せ

 なぜアピアランスケアが必要なのか、改めて野澤氏に尋ねた。

 「外見の変化に起因する苦痛の一つは、それが病気のイメージそのものだから。たとえば切除した乳房を見るたびに病気を思い出してツラくなる。第2は自分の姿に対する違和感。艶やかな髪の毛が自慢だった人にとって、脱毛は耐えがたいだろう。第3は今まで通りの対等な人間関係が築けないこと。『がんになった可哀そうな人』『病気で大変な人』と見られることで、以前と同じ付き合いができなくなることに苦痛を感じている」

 これらの苦痛を緩和し、QOL改善につなげることがアピアランスケアの狙いだ。先述の職場復帰を控えた女性のように、周囲との関係性を見直すことで解決することもある。また、美髪自慢の人は納得のいくウィッグを見つけることでQOLが高まるかもしれない。いずれにしても大切なことは「その人らしさ」の尊重だという。

 「医療におけるアピアランスケアのゴールは、患者と社会とをつなぐこと。ここで言う社会とは家族を含めた、その人を取り巻くすべての関係性のことで、そのなかで生き生きと過ごすことができるように支援をしたい」

 最後にがん病棟での結婚式のエピソードを紹介したい。

 余命2週間の女性が病棟で結婚式の写真を撮るからと、野澤氏のもとに相談が寄せられた。ドレスなどの準備をウェディングプランナーに依頼することも可能だったが、野澤氏はあえて新郎新婦に自分たちの手で準備をするように伝え、ネットでの探し方を教えた。ドレスやタキシードなどの手配のほか、院内美容室とのヘアメイクの打ち合わせなど、彼らにとっては忙しい日々だったに違いない。しかし、手配が一つ終わるたびに、野澤氏のもとには彼らから「ティアラ、ゲットしました!」「手袋ゲットしました!」「妻のドレスより僕のタキシードが高いんですけどいいですかね・・(汗)」など、喜びにあふれた報告メールが届いた。

 「彼らは間違いなく幸せな新婚さんでもある。人間にはいろいろな役割があるのに、病気になるとそのインパクトの大きさから、患者という一つの役割に縛られる。話しかけられる言葉も『具合はどうか』といったことばかり。しかし、結婚式の準備を進める間、その女性はがん患者ではなく、キレイな姿を見せたいと願う一人の花嫁だったし、ご主人もがん患者の夫ではなく、妻を愛する一人の新郎だった。結婚式そのものよりも、相手を思いながら準備を進めた時間にこそ意味がある」

 その後、女性は旅立ったが、美しいドレス姿だけでなく、生きる力強さや二人で準備した思い出はいつまでもご主人の、そして関わったみんなの心に刻まれ、いまも遺された人たちを支えている。

国立がん研究センターの1階にあるアピアランス支援センター。月曜日から木曜日の12時から13時は自由見学が可能(基本、院内患者対象)。また、看護師や心理療法士によるミニ講座「外見(アピアランス)のケアプログラム」も開催し、適切な情報発信に努めている

(タイトル部のImage:udra11 -stock.adobe.com)