髪型は顔の額縁だという。絵は額縁がなくても成立するが、額縁次第でいかようにも印象が変わる。つまり、額縁は絵の魅力を失わせることもあれば、絵を引き立て、より一層輝かせることもできるのだ。

 「福祉理美容」をご存じだろうか。狭義の意味では、外出が難しい高齢者や障害者のいる施設や自宅を訪ねて、ヘアカットなどの理美容サービスを提供することである。しかし、愛知県と東京都を主な拠点として福祉理美容を提供するNPO団体の全国福祉理美容師養成協会(ふくりび)では、福祉理美容をもっと大きな枠組みで捉え、がん患者向けの医療用ウィッグやネイルケア、知的障害者身だしなみ支援、途上国での理美容職業訓練なども手掛けている。

 理事長の赤木勝幸氏は24年前から訪問理美容を開始し、2007年にNPOを設立。福祉理美容をとりまく状況は少しずつではあるが、良い方向に変わってきているという。

ふくりび理事長の赤木勝幸氏(写真:早川 マナ、以下同)

 「かつて高齢者向けのカットといえば、介護しやすい髪型にするのが定番だった。おじいちゃんも、おばあちゃんも短髪刈り上げ。しかし、我々はヘアカタログと鏡を見せてコミュニケーションを図りながら髪を整えていく。いまはどこもQOL重視なので、かつてのようなスタイルは減ってきているとは思う」(赤木氏)

 いま日本全国に美容室は25万軒と、供給過多の状況が続く。そのほとんどが個人経営のサロンだが、「リクルートの調査ではHotPepper登録サロン4万軒超のうち福祉理美容を行っているサロンは12%程度」(赤木氏)と少ない。高齢化社会ゆえに市場は大きいだろうが、実は福祉理美容を片手間で始めることは簡単ではない。

 介護施設や自宅にはサロンのような設備がないので、切った髪の処理やシャンプーには専用の道具が必要になる。また、依頼者のなかには寝たきりの人や認知症の人もいて、介護の基礎知識が必要になるケースもある。どうやって依頼者を増やし、介護職員や施設と連携するかも考えていかなければならない。そこで、これからの社会に間違いなく必要な仕事であることから、ふくりびではノウハウを詰め込んだ書籍を作成し、福祉理美容人材の養成に努めている。

がん治療が進化し、日常生活を送りながら治す病になったからこそ

 今後、福祉理美容のニーズがますます高まりそうなのが、がん患者の身だしなみ・外見のサポート(アピアランスサポート)だ。がんは不治の病から治る病へと変化しつつあり、通院治療だけというケースも増えてきた。しかし、抗がん剤による副作用は依然として悩ましい問題で、頭髪・眉毛・まつげが抜ける、肌荒れする、爪が変形・変色するといったことが起こり得る。

 ふくりび事務局長の岩岡ひとみ氏は「がん治療が進化して日常生活を送りながら治す病になったからこそ、アピアランスに対する多様なニーズが出てきたのでは」と指摘する。

 「はじめはみなさん、副作用の説明を聞いてパニックになる。自分がどうなるか、ウィッグは必要か、どこで買うのかなど、わからないことだらけ。我々が展開する『アピアランスサポートセンター(あぴサポ)』は美容室のような入りやすい雰囲気。まずは気軽に相談に来てほしい」(岩岡氏)

ふくりび事務局長の岩岡ひとみ氏は「ウィッグを使うことをポジティブに受け止め、『普段できないヘアスタイルや髪型に挑戦したい』という方が増えてきた」と感じているという

 ふくりびでは人毛ウィッグにこだわって提供する。治療中は肌が過敏になるケースも多く、人工毛だと刺激が強くてトラブルのもとになる。人毛は人工毛よりも高価で数十万円のものもあるが、ふくりびでは自社工場を設けて中間流通を省くなどコストカットを徹底することで、6万円の価格を実現した。

 ウィッグ使用が決まったら、まず抗がん剤治療の開始前に地毛を短くカットする。地毛が長いままだと抜けたときのインパクトが大きいし、髪がもつれやすくて苦労するそうだ。ウィッグは本人の希望にもよるが、地毛に近い色や長さを選択することが多い。「がんだと分かると余計な心配をかけるので、周囲に治療中だと知られたくない、というニーズが多い」(岩岡氏)のだという。

 一般に抗がん剤投与が始まって数週間後から脱毛が始まる。普段はウィッグをシャンプーなどで手入れし、定期的に美容室に持って行って整えてもらう。長さを変えたり、カラーリングしたり、おしゃれを楽しむこともできる。また、来店時には、少なくなった眉毛やまつげをカバーするメイクや肌荒れのケア、爪の変色を目立たなくするネイルケアなどについて相談に乗ることもある。

 抗がん剤投与が終了して3カ月から半年ほどで発毛が始まり、生えそろえば地毛のスタイルに移行できる。そのときも自然に移行できるように、ウィッグを徐々にショートカットにしていく人が多いという。

 「ウィッグ着用期間中にお子さんの入学式などのイベントが重なることがある。家族の記念写真をきれいに残したい気持ちは当然のこと。ふくりびの医療用ウィッグはアレンジしやすいのが特徴。普段使っているウィッグをアレンジしてアップスタイルにできるし、後れ毛も出せるので仕上がりが自然」(赤木氏)

身だしなみを整えることで活力を得て、前向きになれる

 高齢者や障害者のヘアカット、そしてがん患者のアピアランスサポートと、ふくりびでは理美容の専門家としてさまざまなサービスを提供している。では、サービスを受けている人たちはどのように感じているのだろうか。また、彼らはなぜサービスを受けたいと思うのだろうか?

 「一つには本人の内面に良い影響があるから。身だしなみを整えることで活力を得て、前向きになれる。ひきこもりがちの高齢者もヘアカットが外出のきっかけになることがあり、この効果が大きいと思う。そしてもう一つは、ご家族と、介護施設職員や看護師などサポートする側にも良い影響があるから」(岩岡氏)

福祉理美容としてカットした人数は12万人以上。赤木氏は「このノウハウを生かし、誰もがその人らしく、美しく過ごせる社会を実現したい」と抱負を語る

 高齢者やがん患者をサポートする家族は常に「もっとできることがあるのではないか」という思いを抱えるものだという。がんが完治して社会復帰すれば、その思いは昇華し得るが、そうではなかったとき、思いは罪悪感として心に刻まれる。その十字架を背負い続ける家族はつらく、旅立った本人も心残りだろう。

 「20代の女性のがん患者さんが病院内で結婚式を挙げることに。担当の女性医師も看護師も職員も挙式を全面サポート。ふくりびはそのときのアップスタイルをお手伝いさせていただいた。病院前の公園で撮影した写真は本当にきれいだった。それから数カ月後に彼女は亡くなったが、担当医師の机には彼女の結婚式の写真が飾られている。明るい笑顔の写真が思い出と共に残ることで、周囲の人たちは今を前向きに生きる力を得られるのではないか」(岩岡氏)

 福祉理美容という言葉はまだ広く認知されているとは言い難い。しかし、人生100年時代、日本人の2人に1人はがんにかかり、高齢化率はまもなく30%を越えようとしている。いつ自分自身が、家族が福祉理美容のお世話になってもおかしくはない。最後に赤木氏は「理美容の専門家として、その人らしさを一生涯サポートしていけたら嬉しい」と語った。

アピアランスサポートの書籍を発行するなど、福祉理美容の普及に努めている

(タイトル部のImage:udra11 -stock.adobe.com)