「患者のQOLのために、お顔の仕上げ手術は美容外科の心を持つべき」

そう語るのは形成外科医から美容外科医に転身した山口憲昭氏。この9月から美容外科では珍しいフリーランスの医師として、東京の加藤クリニック麻布と大阪のメガクリニックを拠点に活動するほか、その合間を縫って先天性疾患の患者のためのボランティア手術も請け負う。

そんな多忙な日々を送る山口医師に聞く、形成外科と美容外科の境界線とは──。

 今年3月、フジテレビのドキュメンタリー番組『ザ・ノンフィクション』が話題を集めた。この日のタイトルは『あなたの顔、治します』。美容外科医の山口氏に密着する内容で、患者の一人として登場したのがタレントの有村藍里さんだった。

医師の山口憲昭氏(写真:早川 マナ)

 山口氏は、口元が前に出ていることに悩む有村さんに、骨切りによる輪郭矯正を提案する。それは顔面骨を複数に分割し、それぞれの位置をミリ単位で調整するという繊細な手術だ。有村さんは不安を抱きながらも手術に臨み、術後の腫れや痛みも乗り越えた。久々の診察で近況を尋ねられると、有村さんは涙を流しながら「口紅を塗るのが楽しくなった」「これからもずっと楽しみ」と微笑んだ。

 彼女の変化は明らかだった。口元が整っただけではなく、眼差しに強さがあり、表情が格段に明るくなった。また、手術前は自信のなさそうな発言が目立ったが、手術後のコメントはどれも前向きだった。特に美容整形に関しては賛否があることを踏まえたうえで、「自分には必要だった」「やってよかった」と自分の決断を肯定的に捉えている。こうした変化を山口氏は予期していたのだろうか。

 「彼女の内面的な変化は彼女自身の功績。医師にできることはカタチを整えることと、変化のための触媒になることくらい。自分を変えられるかは本人次第。美容外科において手術は確かに大切だが、それだけでは幸せになれない」

患者の言いなりに手術するとは限らない

 美容外科の患者は外見にコンプレックスを抱えている。きっかけは些細でも、コンプレックスは時に肥大化するもの。水や栄養を与えて樹木を育てるように、日々そのことを気にして隠そうとすることでコンプレックスは大きく育つ。やがて心の奥深くに根を張り、自らもその根に足を取られるようになる。

 「長年のコンプレックスのせいで、本人には認識にゆがみが生じている。『こうなりたい』と思う姿と、他人からの見え方が違っていて、正しいゴールを設定できない。僕はプロとして一般的な見え方を伝えて、目指すべきゴールを一緒に探す。患者の言いなりに、希望する通りの手術をすれば、すべてが満足いくというほど、お顔はシンプルな構造物ではない。不幸な状況だと、整形依存症のような悲劇を招く可能性すらある」

 山口氏が目指すのは最小限の手術で本人のコンプレックスを解消し、かつ周囲からより良く見える整容にすること。そのゴールが共有できれば、全体のシナリオが描ける。手術後には腫れや痛みに苦しむダウンタイムが待っているし、整容の変化の受け止め方も人それぞれだが、最初にゴールを共有できていればそこに立ち返ることができる。

 「何のために手術を受けるのか? 僕は『明るく、幸せに生きていく』ということに尽きると思う」

美容外科の技術を形成外科に

 山口氏は3年前まで形成外科医だった。形成外科は特定の臓器を対象としない診療科であり、外傷や疾患などで変化した身体のカタチを整えることを専門とする。山口氏は小児形成外科医として先天異常の子どもたちを救いたいと、台湾に留学して世界最先端の医療を学んだ。有村さんが受けた輪郭矯正手術は形成外科医として学んだ技術だ。

 しかし、日本では形成外科でできることには限界があった。たとえば、口唇・口蓋裂の患者は成長するにつれて、悩みが機能や形態から整容へと変化する。最初は呼吸や食事、発話などの問題を解消するために、唇の縫合や顎の骨移植などの手術を受けるが、やがて、外見についての悩み、鼻の低さや下顎の前突などを整えたいという相談が増えるという。

 「整容については保険適応の手術が極めて少ない。そのため、機能は問題なく、形態も大きな変形はなくなったが、本人は外見にコンプレックスを抱えたまま、ということが往々にしてあった。これを変えたくて、美容外科に転身した。形成外科の最終目標は患者のキズや変形を治療し、社会で幸せに生きられるようにすること。それならば形成外科の仕上げは美容外科の技術と心をもってあたるべきではないか」

 山口氏はいま月1回、ボランティアで手術を行っている。条件は先天異常の鼻変形であること、そして術前術後の写真を学会発表等に使用することを許諾すること。患者は主にインスタグラムを通じて募っている。山口氏のファンという男子学生からの応募もあった。既に4件の手術が終わり、手元には4人分の笑顔の写真がある。

鼻に対して大学病院にて複数回の施術を受けたのち、山口氏の元へ。唇裂外鼻変形に対して肋軟骨を使った鼻形成を行なったことで、外鼻が整っただけでなく、立体感が出たことにより表情も豊かになった(写真所有権:患者さまご本人、写真管理:株式会社KYイメージングテック)

 「写真を見れば一目瞭然だと思う。大学病院の形成外科で何度手術を受けても治らなかったことが、美容外科の技術で治すことができる。こういった仕上げの手術を形成外科で行えるようになれば、笑顔になれる患者が増える。これは僕の壮大な野望」

 もちろん簡単な話ではないことは山口氏も承知している。保険制度の限界、混合診療の難しさ、形成外科と美容外科の関係性など、眼前に横たわる課題はどれも一筋縄ではいかない。しかし、誰にも明るく、幸せに生きていく権利はある。そのために何ができるのか。美容を取り巻く医療は新たなフェーズを迎えるかもしれない。

(タイトル部のImage:udra11 -stock.adobe.com)