自分から「こういう靴がほしい」と言ってみてほしい

 2016年に整形医療靴のブランド「&MIKI」を設立し、翌年には工房をオープンした。実家の横なので地代はほぼゼロ。路面店ではないため、店頭スタッフも必要ない。本格的なオーダーメード靴ながら、破格で提供できるのはそうした好条件ゆえのことだ。

 量産品の靴と比較すると決して安価ではないが、顧客には宮古島など遠方在住者もいる。製品の性質上、採寸やフィッティングのために何度も来店する必要があり、移動の費用と身体的負担は小さくない。菅野氏は「好きな靴をどこでも買える社会になってほしい」と願っているが、それが簡単ではないこともわかっている。

 整形医療靴は基本的に左右で形状が違う。木型も型紙も別に作らなければならないが、履いたときに一足の靴に見えるようにデザインを工夫する必要がある。製作には二足分の労力がかかると言っても過言ではない。その手間と効率を考えれば、事業として成立させるのは容易ではないだろう。

 「私の場合は環境にも恵まれた。だからこそ、お客さまが装いに合わせて二足目、三足目と、いろいろな種類の靴をオーダーできる価格で提供したいし、自分にできることを精一杯やって社会に貢献していきたい」

左右の脚の長さが違う人のための靴。4cmの脚長差を補うように調整しているため、並べてみると違いは一目瞭然だが、履いたときは左右差が気にならないように仕上げている

 より多くの人に、自分に合った整形医療靴を履いてもらうにはどうしたら良いだろうか。菅野氏は「まずは整形医療靴というものがあるということ知ってもらいたいし、必要とする人たちには多様な選択肢があることを知ってほしい」と訴える。

 &MIKIではカウンセリングで「どんな靴を履いてみたい?」と尋ねるのだが、好きな靴を選んだ経験がないと「わからない」「目立たない靴」といった答えになりがちだ。しかし、丁寧なヒアリングでニーズを引き出し、後日、試作品を見せると目の輝きが変わる。「自分にもこういう靴が履けるのか」と、可能性に気付くという。そうなると「リボンをつけたい」「赤い靴がほしい」と、自由な意見が出てくる。菅野氏は「靴への要望を言えるようになることが大切」だと考えている。

 まもなく19歳になる骨形成不全症の女性もそうだった。介護系の大学に通い始めた我が子に普通の靴を履かせたいと、母親が連れてきたのだが、彼女から要望が出てこない。しかし、子どものころの思い出や大学生活の話を聞くなかで、「マジックテープの靴しか履いたことがなく、友だちの紐靴に憧れていた」「実習の際に靴の脱ぎ履きが大変で困っている」ことがわかった。そこで菅野氏はレースアップにジップを組み合わせた靴を提案。子どものころからの憧れを叶えるとともに、脱ぎ履きいのしやすさを考慮した。色や全体のデザインにも、彼女の好みをしっかりと反映した。

 いま彼女は&MIKIの靴で大学に通う。靴の脱ぎ履きで友だちに遅れをとることもなく、19歳の女性らしくおしゃれも楽しめるようになった。こういう当たり前の幸せを誰もが味わえるように、菅野氏は今日も靴に向き合っている。

(タイトル部のImage:udra11 -stock.adobe.com)