「おしゃれは足元から」という。靴にさほど関心がない人でも、装いに合わせて革靴やスニーカーを使い分けている。しかし、疾病やケガのために好きな靴を選べない人たちがいる。市販の整形医療靴や介護靴は色も形も単調で、進んで履きたいとは言い難い。

義肢装具士の菅野ミキ氏が代表を務めるオーダーメードの靴ブランド「&MIKI(アンドミキ)」ではデザインにこだわった整形医療靴を提案する。

 &MIKIの最初の顧客は4歳の子どもだった。その子は脳性麻痺で、生まれてから一度も靴を履いたことがない。リハビリテーションを始めるために靴が必要になったのだが、病院で専用靴を見た両親は『これではない』と思った。大切な我が子の最初の一歩、もっと気持ちが明るくなる靴を履かせてあげたい。そう考えた両親がたどり着いたのが&MIKIだった。

 整形医療靴の製作には足の症状や医師の治療方針といった情報が必須だが、菅野氏はそれだけでなく、どういった靴を履きたいのか、どんな靴を履かせたいのかという“想い”を丁寧にヒアリングする。リハビリはただでさえ辛いもの。嫌々履く靴ではなおさら辛くなるだろう。少しでも前向きになれるように、菅野氏は本人と家族が希望した星のモチーフと、さわやかなブルーのステッチを入れた靴を仕上げた。

 「最初の靴は14cm。それから成長に合わせて新しい靴を作り直し、7歳になった現在は18.5cmの靴を履いてくれている。リハビリも頑張っていて、会うたびに表情が明るくなっていく。最初は足に触れただけでも嫌がり、暴れていた彼が、いまでは『ありがとう』という仕草を見せてくれる。そんな成長の過程を見守れるのはこの仕事の一番の醍醐味」

「&MIKI」代表の菅野ミキ氏。手に持っているのは星のモチーフが着いた子ども用の整形医療靴(写真:早川 マナ、以下同)

学生時代に知った整形医療靴の現実

 この仕事に就くきっかけは学生時代に遡る。もともとファッションが好きだった菅野氏はリハビリメイクや装飾用義手などに関心を抱き、義肢装具士の専門学校に入学した。義肢装具士とは義手・義足、失われた身体機能を補助する装具などを手掛ける国家資格だ。そこで初めて整形医療靴の現実を知った。

 「写真を見ると、どれも似た形で、武骨なマジックテープが並び、黒色かこげ茶色で、装飾はない。将来、私も整形医療靴を必要とすることがあるかもしれない。そうなったとき自分が履きたいと思える靴がないことがショックだった」

 整形医療靴は生まれつきの麻痺や四肢欠損などの先天性疾患だけでなく、糖尿病やリウマチ、膝や股関節の変形性関節症、外傷等による足の変形・疼痛に悩む人たちにも必要とされるもの。老若男女を問わず、誰でも必要になる可能性がある。しかし、固定や矯正、症状緩和といった機能面のデザインが重視されるあまり、装具の外観はおざなりにされる傾向にあった。

写真左と中央の靴は外反母趾の方のために製作したもの。ヒールの高い女性らしいデザインだが、ヒールを太くして安定感を高め、疼痛部分の負荷が軽くなるようにマジックテープを活用し、柔らかな革で仕上げた。実は、&MIKIのある兵庫県たつの市は日本最大の皮革の産地。地元のタンナーに加工法や素材選びを相談することもあるという

健康保険適用外ならではの自由を生かす

 卒業後、菅野氏は義肢装具士として働き始める。成長過程の子どもは補装具の効果が期待できることが多いが、「重い」「仰々しい」などの理由で日常的に装着しない子どももいて、もっと積極的に身に着けてもらえるように可能な範囲で色やデザインにバリエーションをつけた。やがて、菅野氏は靴の独特な存在感に気付く。

 「著しい足の変形や強い痛みがある場合でも『こういう靴が履きたい』とデザインにこだわる方がいる。ほかの義肢装具と違って、靴は多種多様な市販品が出回るファッションアイテムという側面があるからだと思う。いくら足に合う靴を作っても、好みに合わなければ履いてもらえない。それならば、心から『履きたい』と言っていただける整形医療靴を作りたいと考えるようになった」

整形医療靴を必要とする疾患はさまざま。モニタの画像はリウマチ患者の足。第二趾(人差し指)の下に胼胝(タコ)があるため、柔らかい靴だと患部に負荷がかかって痛みが増す。そこで、外的刺激を緩和できる硬さ、かつ、足を前へ振り出しやすいようにソールを加工することで足当たりを優しくして患部への刺激を軽減するようにした

 義肢装具は各種健康保険や障害者総合支援法、自治体の支援制度などの対象だが、治療費償還や助成金支給を受けられるのは治療目的のものに限られる。選定基準は制度ごとに異なるものの、基本的にファッション目的の装飾付きのものは適用されない。色や形状にも制限があるので、自ずと画一的なデザインになってしまう。

小児麻痺で内反尖足に変形した顧客のための型。右側は石膏で型採りして製作した足型で、左側は靴型に修正した木型。疾患のために足は常につま先立ちのような状態になっているが、これらの型をもとに足の不安定さを解消し、かつ最も歩きやすい状態に靴を成形していく

 整形医療靴としての機能が同じだとしたら、デザインは単調でも保険適用の靴と、全額自己負担だけれど好みのデザインの靴、どちらを選ぶだろうか。考え方は人それぞれだが、現状は前者の方が圧倒的に入手しやすく、仕方なく履いている人もいる。大切なことは選択肢があることだ。自分で納得して選んだ靴ならば、堂々と一歩を踏み出せる。外出も楽しくなるだろう。

 そのお手伝いをしたいと考えた菅野氏は会社を辞めて、家業であるオーダーメードの靴工房に入り、そこで靴作りを一から学んだ。改めて向き合ってみると、オーダー靴ならではのデザインの幅の広さや、素材の豊富さは目を見張るものがあった。さまざまな要望をカタチにする技術にも感銘を受け、「これらの良いところをうまく整形医療靴の技術と掛け合わせれば、より良い靴が作れる」と確信した。

自分から「こういう靴がほしい」と言ってみてほしい

 2016年に整形医療靴のブランド「&MIKI」を設立し、翌年には工房をオープンした。実家の横なので地代はほぼゼロ。路面店ではないため、店頭スタッフも必要ない。本格的なオーダーメード靴ながら、破格で提供できるのはそうした好条件ゆえのことだ。

 量産品の靴と比較すると決して安価ではないが、顧客には宮古島など遠方在住者もいる。製品の性質上、採寸やフィッティングのために何度も来店する必要があり、移動の費用と身体的負担は小さくない。菅野氏は「好きな靴をどこでも買える社会になってほしい」と願っているが、それが簡単ではないこともわかっている。

 整形医療靴は基本的に左右で形状が違う。木型も型紙も別に作らなければならないが、履いたときに一足の靴に見えるようにデザインを工夫する必要がある。製作には二足分の労力がかかると言っても過言ではない。その手間と効率を考えれば、事業として成立させるのは容易ではないだろう。

 「私の場合は環境にも恵まれた。だからこそ、お客さまが装いに合わせて二足目、三足目と、いろいろな種類の靴をオーダーできる価格で提供したいし、自分にできることを精一杯やって社会に貢献していきたい」

左右の脚の長さが違う人のための靴。4cmの脚長差を補うように調整しているため、並べてみると違いは一目瞭然だが、履いたときは左右差が気にならないように仕上げている

 より多くの人に、自分に合った整形医療靴を履いてもらうにはどうしたら良いだろうか。菅野氏は「まずは整形医療靴というものがあるということ知ってもらいたいし、必要とする人たちには多様な選択肢があることを知ってほしい」と訴える。

 &MIKIではカウンセリングで「どんな靴を履いてみたい?」と尋ねるのだが、好きな靴を選んだ経験がないと「わからない」「目立たない靴」といった答えになりがちだ。しかし、丁寧なヒアリングでニーズを引き出し、後日、試作品を見せると目の輝きが変わる。「自分にもこういう靴が履けるのか」と、可能性に気付くという。そうなると「リボンをつけたい」「赤い靴がほしい」と、自由な意見が出てくる。菅野氏は「靴への要望を言えるようになることが大切」だと考えている。

 まもなく19歳になる骨形成不全症の女性もそうだった。介護系の大学に通い始めた我が子に普通の靴を履かせたいと、母親が連れてきたのだが、彼女から要望が出てこない。しかし、子どものころの思い出や大学生活の話を聞くなかで、「マジックテープの靴しか履いたことがなく、友だちの紐靴に憧れていた」「実習の際に靴の脱ぎ履きが大変で困っている」ことがわかった。そこで菅野氏はレースアップにジップを組み合わせた靴を提案。子どものころからの憧れを叶えるとともに、脱ぎ履きいのしやすさを考慮した。色や全体のデザインにも、彼女の好みをしっかりと反映した。

 いま彼女は&MIKIの靴で大学に通う。靴の脱ぎ履きで友だちに遅れをとることもなく、19歳の女性らしくおしゃれも楽しめるようになった。こういう当たり前の幸せを誰もが味わえるように、菅野氏は今日も靴に向き合っている。

(タイトル部のImage:udra11 -stock.adobe.com)