先天性難聴は新生児1000人に1人と、生まれつきの疾患のなかで最多の障害だ。また、70歳代男性の5割、同女性の4割が難聴との指摘もある。難聴は意外に身近な疾患であるにもかかわらず、なぜか補聴器には抵抗感がある人が多い。

「メガネと同じくらい、補聴器も当たり前の社会になってほしい」

そう語るのは、補聴器を個性的に彩るデコチップを開発した「彩希(あき)~Beautiful Ear~」代表の北村美恵子氏と松島亜希氏。両氏の提案するコンセプト「魅せる補聴器」とは──?

1歳半のときから補聴器を使っている松島氏が着想

 補聴器デコチップとは補聴器に貼り付ける樹脂製の装飾品のこと。花柄やドット柄、グラデーション、ラインストーン付きなど、さまざまなデザインがある。ネイルチップ(つけ爪)のように簡単に付け替えることができ、ファッションやTPOに合わせて補聴器を“着替え”させることができる。

補聴器デコチップを装着した状態。耳介に引っ掛けるタイプの補聴器に、和風のデザインのチップを貼り付けている。耳の孔に装着しているのは外部から入ってくるノイズを抑えるためのイヤモールド(写真:早川 マナ、以下同)

 補聴器デコチップの原案を考えたのは、1歳半のときから補聴器を使っている松島氏だ。着想の原点は大学時代のボランティア活動。そこで出会った子どもたちは補聴器に気付くと「あれはなに?」と関心を寄せるが、付き添いの保護者は「そんな風に見たら失礼」「余計なことは聞かないの」とたしなめる。

 「補聴器を見られたくない、隠したいと思っているユーザーは多いが、私にとっては補聴器も身体の一部。聞かれるのは嫌ではないし、むしろ補聴器のことをもっと知ってもらいたい。だから、あえて補聴器にキラキラと光る市販のネイル用シールを貼って目立つようにした。すると、子どもたちが『かわいい』『見せて』と笑顔で近寄ってくる。『僕も着けてみたい』と言い出す子どももいて、話すきっかけになった。こういう対話の積み重ねが補聴器への理解につながるのでは。補聴器が特別なものではなく、当たり前の社会にしていきたい」(松島氏)

補聴器デコチップの発案者である松島亜希氏

斬新なアイデアと補聴器のプロとの出会い

 現在、松島氏は兵庫県宝塚市の里山を拠点に自然体験塾「いころ」を運営するほか、神戸三田アウトドアビレッジTEMIL(テミル)で施設管理にも携わっている。キラキラ光るシールは相変わらず子どもに人気だが、欠点もある。たとえば、冠婚葬祭の席ではシールを剥がさなければならない。一旦剥がしたシールは元に戻らず、捨てざるを得なかった。

 「ネイルチップみたいに付け替えができたらいいのに」と考えた松島氏は市販材料を使って自作を試みたが、なかなかうまくいかない。どうしたら補聴器に適したチップができるのか。思い浮かぶ案を片っ端から試すも、なかなか良い方法が見つからない。市販の接着剤やネイル用品をいろいろと試すなかで、ついに補聴器の一部が壊れてしまった。

 自分一人で開発する限界を感じたが、ここで諦めはしなかった。松島氏は「補聴器を可愛くしたいと思っている人はほかにもいるはず」だと考え、SNSで検索したところ、イメージに合うデザインの補聴器を見つけた。それが北村氏の作品だった。

 北村氏はイヤモールドメーカーの系列店舗である西部補聴器で店長を務める。イヤモールドとは補聴器の音をクリアに聴くための耳栓のこと。それに直接彩色した「アートモールド」は同店オリジナル商品で、補聴器とお揃いのデザインにすることもでき、その写真をSNSで公開していた。「デザインが素敵だし、何より補聴器のプロと一緒なら良い製品ができる」と考えた松島氏は早速ダイレクトメッセージを送った。

補聴器デコチップの発案者である松島亜希氏(写真左)と「彩希(あき)~Beautiful Ear~」代表の北村美恵子氏。この日が初めての顔合わせだった

 そこからの展開は早かった。北村氏はネイルチップのように付け替えるという松島氏のアイデアに感心し、ネイルアートの材料を使って試作品を作り始めた。大阪府にいる松島氏と東京都にいる北村氏の間を何通ものメールが行き交う。さらに数名のモニターを巻き込んで、わずか1カ月間で複数の試作品を完成させた。

 「シリコンで補聴器の型を取り、そこから補聴器にぴったりと合うように樹脂を成形してチップを作る。厚過ぎると装着時に違和感があり、薄過ぎると割れてしまう。でも、本体とチップの間に隙間が空くと髪の毛がひっかかるので、ギリギリの薄さにして本体との密着性を高めなければならない。その塩梅を見極めるのに苦労した」(北村氏)

試作品第一号は松島氏が踊り子として所属するチーム「よさこい連 わ」の衣装に合わせた和風のデザインにした。松島氏には音楽がメロディとしては聞こえないが、補聴器を通して音の高低差やリズムを感じ取ることができ、それを仲間とともに全身で表現するよさこいに夢中なのだという(写真提供:田中 浩一氏)

ソーシャルビジネスとしての可能性

 2019年7月から、二人は「彩希~Beautiful Ear~」のブランド名で補聴器デコチップの販売を開始した。既存デザインから選ぶセミオーダーと、オリジナルのデザインで仕上げるフルオーダーの2パターンがあるが、いずれの場合も初回注文時には補聴器の型を取らなければならない。補聴器はタイプ別に分類すると耳かけ型や耳孔型など5種類程度だが、世界6大メーカーのほかに複数の国内メーカーが多種多様な製品を出している。寸法やデザインが違えば、チップの形状も変わるため、大量生産は難しく、受注の都度一つひとつを手作りで仕上げている。

右の補聴器デコチップは松島氏の補聴器に合わせて制作したもの。補聴器によって大きさ、形状、電池蓋の位置などが異なるため、それ以外の補聴器には装着できない(写真:早川 マナ、以下同)

 初めは北村氏が制作を一手に担っていたが、現在は松島氏も北村氏の手ほどきを受けて制作に挑戦している。作り手が増えれば、より多くの人に補聴器デコチップを届けることができる。さらに今後は制作ノウハウをマニュアル化し、外部のクリエイターを養成したいと考えている。

 「聴覚障害を持つ人のなかにはオフィスで働くのが困難な人がいる。彼らの自立支援として、在宅ワークで制作に携わってもらえないかと考えている。一人で全工程を担ってもいいし、チップの成形と絵付けを分業にしてもいい。それぞれが得意分野で活躍できる場を創出したい」(北村氏)

 SNSでの出会いから生まれた補聴器デコチップ。これからソーシャルビジネスという第二幕が上がろうとしている。

バリエーション豊富な補聴器デコチップ。ファッションやTPOに合わせて補聴器を着替えることができる

(タイトル部のImage:udra11 -stock.adobe.com)