人生を語る「意識高い系の飲み会」で…

「分からない」ことが、冨田所長を掻き立て、研究を始めとするIABの活動の原動力になったように思います。この感覚は、若手の研究者にも共有されているのですね。

 そうですね。「生命分野では、実はすごいことが起きている」という目で教科書を見るとわくわくしました。分からないことがあって、それを解き明かすために、まずは分かっていることを教科書から知ろうとします。そういう眼で教科書を見てみると勉強はおもしろいし楽しい。

 しかし、子どもたちや学生にとって勉強は楽しいでしょうか。私が学生時代もそうでしたが、教科書をマスターすることが最終目的になっていて、試験のために勉強します。それでは生命科学の面白さがまったく伝わっていないと感じます。生物学だけではありませんが、試験のために教科書を勉強して、合格点をとらなければならない。多くの生徒はそのことで疲弊しています。その結果、試験のために勉強して、試験が終わったら忘れてしまう。ものすごくもったいない時間を10代後半に過ごしていると思います。

 では何が大事なのかというと、本当に知りたいこと、やりたいことがあるか、ということです。それが「自由研究」。研究には正解というものがなく、先生も答えを知りません。自由研究を始めると、そのためにたくさん勉強する必要があります。でも自分がやりたいことのために勉強することはとても楽しい。勉強は実は楽しいもの、ということを1人でも多くの高校生に伝えたいと思っています。

その思いが、高校生向けのイベントや高校生を研究助手などとして受け入れるなど、高校生向けの各種の活動につながってくるのですね。

 研究助手および特別研究生として、2019年度は27人の高校生を研究所に受け入れました。受入条件は3つあります。1つは世界的な科学者を目指すこと。2つめは地元を世界的な街にするという高い志。そして3つめが最も重要なのですが、「AO入試または推薦入試で大学に進学する気概と勇気を持っていること」です。つまり受験勉強禁止なのです。

 この条件を設定するにあたり、日本の将来を見据えたとき、今の教育システムの何が問題かを考えました。戦後70年、教科書を勉強させてテストで点数をつける教育をずっと続けた結果、言われたことをしっかりやる、いわゆる優等生をたくさん輩出してきました。戦後はゼロからのスタート。欧米先進国を手本にして、クルマや家電を作り、世界中に売って大成功したのです。みんなと同じことを地道にやっていれば必ず人生報われると言われ、そして本当に報われた時代が長く続きました。

 しかしそんな高度成長期は終わり、これからは人口減少期ですから、今までと同じことをやっているだけでは売り上げは必ず下がります。時折、今までと違うことをして勝負しなければならなくなったのです。これは企業に限らず、自治体も国も個人もそうだと思います。勝負とは何かと言えば、人と違うことをやることです。でも日本には人と違うことをして勝負するマインドを持った人がとても少ない。とにかくみんなと同じように、言われたことをきっちりやる優等生的な人が多いと思います。

 ある大企業の経営者が鶴岡に来られたときに、この話題について議論したことがありました。「うちの会社も優等生ばかりだ。前例のないことに率先して眼を輝かせて取り組む人がいない」と言います。そして「なぜ鶴岡には、そのような開拓者が大勢いるのか?」と聞かれました。私はこう答えました。「社内にも探せばいるはずですよ。ただ上司が優等生だと埋もれてしまう。そういう人を鶴岡に送り込んで2年間ぐらい“放牧”してみてください」と。

 放牧というのは、目の前のビジネスとは関係なく、好きなことを好きなようにさせて、頭を一回空っぽにして、スタートアップ企業を興した同じ人たちと「そもそも会社は何のためにあるんだ?」というところから語り合い、行動を共にする。鶴岡では、よくそういう話になります。私はこれをジンカタ(=人生を語る)と呼んでいますが、いわゆる「意識高い系の飲み会」です。それがとても重要です。

そうした環境をうまく作り上げたのですね。

 「普通は0点」がスローガンです。何か新しい計画を発表したとき、「それ、普通ですね」と言われると、IABでは全否定されたという意味です。「普通」なことは、やれる人がたくさんいるのだから、ほかの誰かにやってもらえばいい。自分たちは人がやらないことをやろうというわけです。これは、もともと慶應義塾の理念でもあります。慶應創設者の福澤諭吉は「社会の先導者」と表現しています。

 福澤が生きた江戸時代末期は、平穏な鎖国の時代が長く続いたために職業が固定化されていて、生まれた時から人生が決まっている。そうすると、誰の言うことを聞いていればよいかも決まっているので、ものごとを自分の頭で考えない人ばかりになってしまった。そうした状況で開国となれば、欧米諸国の植民地にされてしまうと考えたのです。

 「誰が国のトップになっても、国民一人ひとりのマインドが変わらない限り、この国は変わらない」と福澤は言いました。そこでまず世の中のしくみを知ろう、自分がいったい何ができるかを考えよう、それが『学問のすゝめ』です。そして慶應義塾では、人と違うことする先導者になれ、と説いたのです。