慶應義塾大学先端生命科学研究所(IAB)の活動における特徴の1つが、「人づくり」に対してたくさんの力を注いでいることだ。象徴的な活動が、高校生や大学生向けの各種イベント。彼らにサイエンスの楽しさを共有する活動を企画し、実践している。その活動は学生を超え、スタートアップ企業を中核とした若者のネットワークにも拡大を続ける。その若者たちが、ヘルスケアにとどまらない「Beyond Health」領域において新しい産業を作っていくはずだ。

 「日本には人と違うことをして勝負するマインドを持った人がとても少ない。とにかくみんなと同じように、言われたことをきっちりやる優等生的な人が多い」

 人づくりに力を入れる慶應義塾大学先端生命科学研究所(IAB)の原点は、冨田勝所長のこの言葉に集約される(関連記事)。時代が大きく変化し新しいものを生み出せる人を求めているのに、教育は教えたことを効率よく取得する「優等生輩出型」のままでいいのか、という疑問が出発点。そして、単に既存の仕組みを疑問視するだけでなく、現在の状況に合わせた教育環境とはどのようなものかを考え、企画し、実践に移す。これがIABによる人づくりの根幹にある。

学生向けイベントを通じて「発表の機会」を設ける

 それでは、IABが考える新しい教育とはどのようなものか。それは、冨田所長の言葉を借りれば「本当に知りたいこと、やりたいことがあるか」という学びに対する姿勢。そして、人とは違うことを発想し、実践する力を持つこと。そこには、コンピューターの専門家だった冨田所長が、IAB創設時に生物学を学び直したときに感じた「学ぶことの楽しさ」があるのだろう。その楽しさを、どうやって今の学生が自ら見つけられるか。IABが企画する活動には、その狙いが一貫している。

 それを体現するための代表的な活動が、毎年、夏休み期間中に行われる「高校生バイオサミットin鶴岡」である。「バイオ版甲子園」とも言えるこのイベントには、全国から高校生グループが参加している。

2019年7月に行われた「高校生バイオサミットin鶴岡」の様子(出所:慶應義塾大学先端生命科学研究所)

 筆者自身、参加が叶わなかったが、2019年に開催されたイベントの発表作品を見ると、「地球温暖化がトンボに与える影響」(市立札幌旭丘高等学校)、「機械学習を用いた淡水魚の識別」(静岡県立掛川西高等学校)、「途上国向け発光細菌水質検査キットの検討」(横須賀学院高等学校)といった、現代社会が抱える問題や最新技術に基づくという点で興味をひくタイトルが並ぶ。

 「女子必見!マウス腸内フローラから痩せる乳酸菌チョコレート発見!」(山村学園 山村国際高等学校)、「日本食、欧米食が大腸炎にもたらす影響」(東洋英和女学院高等部)、「沖縄に自生する植物からの有用乳酸菌の探索」(昭和薬科大学附属高等学校)など、食品関連の研究も目につく。いずれも、既存知識の暗記ではない、自らが設定したテーマを追究しようという姿勢が感じられる。

 別の取り組みには、高校生・大学生・大学院生を対象とした合宿「Keio Astrobiology Camp」がある。地球外も含めた生命の起源を探る「アストロバイオロジー(宇宙生物学)」という、比較的新興の学際分野において国内の研究者を増やそうという活動だ。

 同合宿では、国内の複数の大学、東京工業大学地球生命研究所(ELSI)、自然科学研究機構アストロバイオロジーセンター(ABC)、海洋研究開発機構(JAMSTEC)、宇宙航空研究開発機構(JAXA)といった研究機関から講師を招き、生命の誕生という根源的なテーマに関して生物、天文、物理、化学、工学といった様々な分野を横断しながら考えていくことを目指している。合宿には実験や実習も含まれており、単なる座学ではなく実践的な活動でもある。諸外国に先駆けて取り組むことで世界的に評価されるポジションを得た「メタボローム」と同じような展開を狙っているのだろう。

 イベント開催のほか、IABでは、地元の高校生を研究助手および特別研究生として受け入れている。これもまた、世界先端の研究者と接することで目標やあこがれを生み出し、研究という経験を身近にする活動と言えるだろう。