「超生命体」という新発想で人を眺める

 ゲノム研究者の参入と並ぶ歴史的な出来事の1つが、「ヒトは、人間の細胞と微生物の細胞で構成される超生命体(スーパーオーガニズム)である」という新しい発想の登場だ。これは、ノーベル生理学・医学賞を受賞したジョシュア・レーダーバーグ氏が2000年に科学雑誌『Science』で述べたもの。それまで、医療に関するほとんどの研究は、人間の身体側だけを対象にしてきた。超生命体という考え方が広がってきたことで、「人間の細胞だけ見ていては、病気の原因が分からないかもしれない」という考えに至り、腸管内という「体外環境」に生息する微生物も病気のメカニズムを解明するための研究対象になってきたのである。

(写真:向田 幸二)

 その発想転換の結果、多くの成果が現れつつある。「例えば、FDA(米国食品医薬品局)が承認している約1000種類の薬のうち、抗菌薬を除く約800種類の非抗菌薬が腸内細菌に与える影響を調べたところ、24%もの非抗菌薬が腸内細菌の増殖を抑えてしまうことが2018年にNature誌に報告された。逆に、271種類の薬のうち176種類の薬が腸内細菌によって別の構造に変えられてしまうことも2019年にNature誌に報告された」(福田氏)。これらの結果は、「ヒト」と「薬」に加えて「腸内細菌」の存在を意識しないと、薬による治療はおぼつかない可能性があることを示唆している。

 また別の例として便微生物叢移植、通称「便移植」というアプローチがある。文字通り、腸内に健康な人の便を「移植」する方法である。実はこの便移植が、投薬で治療するよりも難病治療に効果を挙げた例が出始めているのだ。

 「偽膜性大腸炎」と呼ばれる腸管感染症が欧米では問題となっており、特に米国ではその対策に多額の予算が投じられている。米国では約50万人が疾患しており、そのうち3万人が亡くなっていることも報告されている。

 オランダの臨床試験では、この偽膜性大腸炎患者に対して、抗菌薬を投与したところ約3割しか治らなかったのだが、便移植を実施したところ最初の治療で8割、2回目で9割以上が治癒できたという。「抗菌薬での治療効果が高くなかったのは、腸管感染症である偽膜性大腸炎の原因菌であるクロストリジウム・ディフィシルは耐性菌ができてしまうから。しかし便移植の場合には、移植したほかの腸内細菌が、クロストリジウム・ディフィシルが必要な栄養素などを奪ってしまうため腸内で増えることができなくなり、その結果腸内から自然に排除されるためと考えられる」(福田氏)。

 国内でも、「潰瘍性大腸炎」という難病指定の疾患患者に便移植を実施したところ、症状が良くなるケースが報告されているという。

 ただし現時点での潰瘍性大腸炎患者への便移植は、すべてのケースで効果があるわけではないことに留意する必要がある。便中の何が効いているのか、その詳細は現時点では完全には解明できていない。今後エビデンスが積み重なり、便中の何が効果的に作用しているのかが詳しく分かってくれば、将来的には便そのものではなく、便に含まれる特定の有効な細菌あるいは代謝物質だけを取り出し、移植することも可能になると考えられる。

腸内環境タイプから、「効くサプリ」「効かないサプリ」を予測

 腸内環境の評価にノウハウを持つメタジェンは多くの企業と連携し、共同研究開発を進めている。その大半は食品会社であり、特定の食品やサプリメントについて、臨床試験を通じてその効き目とユーザーの腸内環境の特徴との相関を解析している。具体的にはどのような研究内容なのか。

 その一例として、森下仁丹との共同研究をみてみよう。同社は、腸内環境の重要性をいち早く認識し、便通を改善したい人向けのビフィズス菌カプセルを開発している。メタジェンとの共同研究開発を通じて、同カプセル摂取時に便通が改善される「レスポンダー(特定の食品やサプリメントに対して、影響が現れる可能性が高い人)」を予測する方法を発明、特許を共同出願した。

 ある食品やサプリメントがあらかじめ「自分に効くかどうか」が分かれば、ユーザーにとっては好ましい一方で、食品メーカーにとっては、一見売り上げが減るように見える。販売対象を「効く人」に限定することは、販売機会を減らすことにもつながりかねないからだ。

 しかし、福田氏は「新商品の開発につながる」という別の効果を挙げる。「既存のサプリメントの“効くメカニズム”が分かれば、それが“効かないメカニズム”も同時に分かる。その情報は、既存のサプリメントが効かないユーザーでも効果を得られるような、新たなサプリメントの開発につながる」(福田氏)というわけである。