慶應義塾大学先端生命科学研究所(IAB)発スタートアップ企業紹介の第2弾は、腸内細菌研究を推進しているメタジェン。食品メーカーや医薬品メーカーなどとともに腸内細菌の機能解明と腸内細菌を含む腸内環境全体の制御に向けた取り組みを進めている。彼らが目指すのは、一人ひとりの腸内環境タイプに基づいた層別化医療・創薬・ヘルスケアを社会実装し、「病気ゼロ社会」を実現することだ。

 腸内におよそ1000種類、数としては体細胞数とほぼ同等の約40兆個も存在するとされる「腸内細菌」への関心が高まっている。これは「腸内細菌叢(腸内細菌の集団)のバランスが病気の発症や健康維持に密接に関わっていることが、近年、次々と明らかになってきたからだ」と、メタジェン代表取締役社長CEO(最高経営責任者)を務める福田真嗣氏は言う。

メタジェンの福田真嗣氏(写真:向田 幸二)

 代表例として挙げられるのが、脳と腸の相関。脳と腸は迷走神経でつながっており、ホルモンでもやりとりが行われているため、相互に影響し合っている。「パーキンソン病は、近年の研究で実は腸の病気ではないかと考えられている」(福田氏)。パーキンソン病は、脳の神経細胞に変性たんぱく質が蓄積して発症するが、最初に腸の神経細胞に変性たんぱく質が集積し、それが迷走神経を通じて脳に伝わるためではないか、とみられているのだ。パーキンソン病患者のほぼ100%が便秘だったり、胃の切除をした人は迷走神経を切ることになるので、パーキンソン病を発症するリスクが低下したりすることが報告されている。

ブレイクのきっかけはゲノム研究者の参入

 腸内細菌に関する研究成果が近年急速に増えてきた理由は何か。福田氏は「研究の歴史を振り返ると、それは説明できる」と言う。

 福田氏によれば、腸内細菌の研究において大きな転換点となったのが「ヒトゲノム計画」が終了したことだという。ヒトゲノム計画が2003年に終了すると、同計画に従事していた研究者たちは次の研究対象を探し求め、海や土壌などの環境中に住む微生物の遺伝子を調べ始めた。その対象である環境微生物の一部が、腸内細菌だったというわけだ。

 日本には古くから腸内細菌の培養技術があり、寒天培地上で腸内細菌を育てる培養法が一般的だったが、全ての腸内細菌を培養できるわけではなかったため(なお、いまだに全ての腸内細菌を培養できるわけではなく、培養技術の研究開発も行われている)、培養法では腸内細菌の全容を掴むことができなかった。しかし、腸内細菌のゲノムを次世代シークエンサーという遺伝子の塩基配列を高速で読み取る装置により解析(メタゲノム解析)することで、腸内細菌を遺伝子レベルで解析することが可能になり、これにより培養できない腸内細菌もそのゲノム情報から理解することが可能になった。それにより、腸内細菌と人々の健康や疾患との関連性について、その全容が徐々に明らかになってきた。

 福田氏によると、今日の腸内細菌研究の隆盛の発端になったのでないかと考えられるのは、2006年に米ワシントン大学のジェフリー・ゴードン氏が科学雑誌『Nature』に発表した、肥満と腸内細菌の関係。「腸内細菌が免疫系に影響することは分かっていたが、肥満という代謝系にも関連性があることに、当時は非常に驚いた」(福田氏)。その後、腸内細菌叢のバランスの乱れが肥満だけでなく、糖尿病や動脈硬化といった代謝疾患、さらには脳疾患や精神疾患にも関わることが明らかになり、腸内細菌叢の重要性がますます高まっている。

5月に新サービス発表、その優位性とは…

 メタジェンは、2019年5月に次世代腸内環境評価・層別化サービス「MG Navi」を発表した。このサービスには、同社の腸内環境評価キット「MGキット」を用いている。

メタジェンが開発した腸内環境評価キット「MGキット」(出所:メタジェン)

 このMGキットの最大の特徴は、薬剤を用いずに、常温で便中の腸内細菌叢遺伝子や代謝物質を保存することが可能であり、また生きた腸内細菌も分離可能なこと。便の中に含まれている腸内細菌は生きているため、時間を追うごとに代謝活動を行い変化してしまう。これまでは、腸内細菌の遺伝子や代謝物質を解析するために、採取した便を冷凍して保管していた。しかし今後、腸内環境評価を社会実装するためには、一般ユーザーが自宅の冷凍庫に便を保管するというのは、仮に密封した状態であったとしても抵抗感が大きい。そこで「採取した便中の腸内細菌が常温でも変化しない技術を、3年かけて開発した」(福田氏)というわけだ。

 同キットを用いることで、便検体の腸内細菌叢の遺伝子や代謝物質から、腸内細菌の種類やバランス、さらにはそれらの菌がどのような働きをしているのかが分かるようになる。独自の腸内環境データベースおよびAI(人工知能)システムを用いることで、ユーザーの腸内環境の特徴に関するデータをはじめ、大腸がんなどのいくつかの疾患について、疾患時の腸内環境との類似度などを評価し、行動変容を促すための適切なフィードバックをするのが、メタジェンが提供する「MG Navi」である。

 他社に対するメタジェンの優位性は、メタゲノミクス(遺伝子解析)とメタボロミクス(代謝物質解析)の両方を用い、統合的に解析していること。特にメタボロミクスまでを実施することは他社では難しい。代謝物質には、例えば水に溶けるものもあれば、油に溶けるものもあり、それをどのように便から抽出し分析するかという課題がある。メタジェンではIABと連携して便の前処理技術を開発したり、また先に挙げた採便キットを独自開発したりすることで、腸内環境のメタボロミクスまでをも可能にした。

 さらに、膨大な腸内環境データが出てくることから、ビックデータの情報解析(バイオインフォマティクス)も重要である。この領域では、東京工業大学准教授の山田拓司氏が、メタジェン副社長兼CTO(最高技術責任者)として主導している。メタゲノミクス、メタボロミクス、バイオインフォマティクスのすべての要素が揃って初めて、腸内細菌を含む腸内環境全体の網羅的な解析とその理解が可能になるというわけだ。

「超生命体」という新発想で人を眺める

 ゲノム研究者の参入と並ぶ歴史的な出来事の1つが、「ヒトは、人間の細胞と微生物の細胞で構成される超生命体(スーパーオーガニズム)である」という新しい発想の登場だ。これは、ノーベル生理学・医学賞を受賞したジョシュア・レーダーバーグ氏が2000年に科学雑誌『Science』で述べたもの。それまで、医療に関するほとんどの研究は、人間の身体側だけを対象にしてきた。超生命体という考え方が広がってきたことで、「人間の細胞だけ見ていては、病気の原因が分からないかもしれない」という考えに至り、腸管内という「体外環境」に生息する微生物も病気のメカニズムを解明するための研究対象になってきたのである。

(写真:向田 幸二)

 その発想転換の結果、多くの成果が現れつつある。「例えば、FDA(米国食品医薬品局)が承認している約1000種類の薬のうち、抗菌薬を除く約800種類の非抗菌薬が腸内細菌に与える影響を調べたところ、24%もの非抗菌薬が腸内細菌の増殖を抑えてしまうことが2018年にNature誌に報告された。逆に、271種類の薬のうち176種類の薬が腸内細菌によって別の構造に変えられてしまうことも2019年にNature誌に報告された」(福田氏)。これらの結果は、「ヒト」と「薬」に加えて「腸内細菌」の存在を意識しないと、薬による治療はおぼつかない可能性があることを示唆している。

 また別の例として便微生物叢移植、通称「便移植」というアプローチがある。文字通り、腸内に健康な人の便を「移植」する方法である。実はこの便移植が、投薬で治療するよりも難病治療に効果を挙げた例が出始めているのだ。

 「偽膜性大腸炎」と呼ばれる腸管感染症が欧米では問題となっており、特に米国ではその対策に多額の予算が投じられている。米国では約50万人が疾患しており、そのうち3万人が亡くなっていることも報告されている。

 オランダの臨床試験では、この偽膜性大腸炎患者に対して、抗菌薬を投与したところ約3割しか治らなかったのだが、便移植を実施したところ最初の治療で8割、2回目で9割以上が治癒できたという。「抗菌薬での治療効果が高くなかったのは、腸管感染症である偽膜性大腸炎の原因菌であるクロストリジウム・ディフィシルは耐性菌ができてしまうから。しかし便移植の場合には、移植したほかの腸内細菌が、クロストリジウム・ディフィシルが必要な栄養素などを奪ってしまうため腸内で増えることができなくなり、その結果腸内から自然に排除されるためと考えられる」(福田氏)。

 国内でも、「潰瘍性大腸炎」という難病指定の疾患患者に便移植を実施したところ、症状が良くなるケースが報告されているという。

 ただし現時点での潰瘍性大腸炎患者への便移植は、すべてのケースで効果があるわけではないことに留意する必要がある。便中の何が効いているのか、その詳細は現時点では完全には解明できていない。今後エビデンスが積み重なり、便中の何が効果的に作用しているのかが詳しく分かってくれば、将来的には便そのものではなく、便に含まれる特定の有効な細菌あるいは代謝物質だけを取り出し、移植することも可能になると考えられる。

腸内環境タイプから、「効くサプリ」「効かないサプリ」を予測

 腸内環境の評価にノウハウを持つメタジェンは多くの企業と連携し、共同研究開発を進めている。その大半は食品会社であり、特定の食品やサプリメントについて、臨床試験を通じてその効き目とユーザーの腸内環境の特徴との相関を解析している。具体的にはどのような研究内容なのか。

 その一例として、森下仁丹との共同研究をみてみよう。同社は、腸内環境の重要性をいち早く認識し、便通を改善したい人向けのビフィズス菌カプセルを開発している。メタジェンとの共同研究開発を通じて、同カプセル摂取時に便通が改善される「レスポンダー(特定の食品やサプリメントに対して、影響が現れる可能性が高い人)」を予測する方法を発明、特許を共同出願した。

 ある食品やサプリメントがあらかじめ「自分に効くかどうか」が分かれば、ユーザーにとっては好ましい一方で、食品メーカーにとっては、一見売り上げが減るように見える。販売対象を「効く人」に限定することは、販売機会を減らすことにもつながりかねないからだ。

 しかし、福田氏は「新商品の開発につながる」という別の効果を挙げる。「既存のサプリメントの“効くメカニズム”が分かれば、それが“効かないメカニズム”も同時に分かる。その情報は、既存のサプリメントが効かないユーザーでも効果を得られるような、新たなサプリメントの開発につながる」(福田氏)というわけである。

「病気ゼロ」に不可欠な異業種連携

 メタジェンでは、人によって異なる腸内環境を適切にタイプ分けし、腸内環境に基づく層別化医療・創薬・ヘルスケア、すなわち「腸内デザイン」を推進している。しかし、「腸内デザイン」が実装される社会を創るためには、異業種企業との連携が必要不可欠と考えている。同社では、「腸内デザイン」のコンセプトに賛同した企業が参画する「腸内デザイン応援プロジェクト」を運営しており、2019年で4年目になる。同プロジェクトの参画企業の顔ぶれを見ると、当初は食品メーカーが多かったが、最近では保険会社や化学メーカー、分析メーカーなど、参画している企業の業種幅が広がった。

 福田氏は「異分野事業との連携」こそが、「腸内デザイン」の社会実装、そして「病気ゼロ社会」の実現には大事であるという。

 健康維持・疾患予防に対して元々意識が高い人は、食生活などの自らの生活習慣に普段から気を配り、健康情報にもアンテナを張っているため、腸内環境に基づく新たな商品やサービスなどを比較的容易に生活に取り入れられると考えられる。しかし「病気ゼロ社会」を実現するには、普段から健康をあまり意識しない人をも健康にする必要がある。

 そこでメタジェンが掲げるコンセプトが「健康を意識しない健康社会」。その一例として福田氏が挙げるのがスマートトイレ構想。トイレで排泄された便をセンサーにより自動的に調べ、その結果をスマートフォンなどに転送することで、日々意識せずともトイレに行くと自分の健康状態がモニタリングできるというしくみだ。その他にも、スマートオムツやスマートハウスなど、IoTとの連携を通じ、健康を意識しなくても自然に健康になるシステムの構築を目指している。

「健康時の腸内環境データ」が重要になる

 福田氏はまた「自分が健康な時の腸内環境データをとっておくこと」の重要性を説く。いったん病気を患えば、健康状態のときの情報は失われてしまう。そうなると、「健康時の状態に戻す」ために、どこに目標を置けばいいか、何をすればいいかを知ることが難しい。

 下の図は、健康な22人の腸内細菌叢のバランスを示したもの。全員健康であるにもかかわらず1つとして同じパターンの腸内細菌叢が存在しないことが分かる。となると、もし仮に自分の腸内細菌叢のバランスが崩れたときにどうするべきか。戻すべきは、他の健康な誰かの腸内細菌叢のパターンではなく、その人自身が健康だった時のパターンであるはずだ。

22人の健康な20〜30代の男女の腸内細菌叢データ。これを見ると、個人差が大きいことが分かる(出所:メタジェン)

 「腸内細菌叢のバランスやそこから産生される代謝物質と健康や疾患との関係など、その重要性が明確に分かってきたのはここ10数年であり、食品やサプリメントあるいは薬剤の代謝など、個々の腸内細菌の機能の詳細はまだまだ分かっていないことが多い」と福田氏は言う。便にはその謎を解明するための情報が詰まっていることから、メタジェンでは便を「茶色い宝石」と呼んでいる。同社による「茶色い宝石」の研究はまだまだ続く。

(写真:向田 幸二)

(タイトル部のImage:ヤマガタデザイン)