かつて高収益企業の代表と言われていた日本の医薬品企業が、ビジネスモデルの転換を迫られている。安定的なデフェンシテブ銘柄と評されていた株価にも変化が見られる。2030年に向け医薬品企業はどこに向かい、投資対象としての医薬品銘柄はどう変わりつつあるのか、三菱UFJモルガン・スタンレー証券の若尾正示氏に聞いた。

若尾正示氏 三菱UFJモルガン・スタンレー証券インベストメントリサーチ部シニアアナリスト
2008年、野村證券入社。企画調査部でバイオベンチャーなどを担当。2011年、野村リサーチ・アンド・アドバイザリーに出向。ヘルスケア分野の未上場企業や産業調査に従事。2015年に三菱UFJモルガン・スタンレー証券に入社。2019年、日経ヴェリタス「第31回人気アナリスト調査」医薬品・ヘルスケア部門で前年23位から8位に躍進した(写真:川田 雅宏、以下同)

日本の医薬品企業を取り巻く環境について、どのように見ていますか。

 日本は先進国の中で最も高齢化が進行している一方、「国民皆保険」維持のため薬価は抑制方向にあり、医薬品市場の成長率は1%程度に止まっています。さらに2018年度の薬価改革では長期収載品の価格が段階的に引き下げられるなど、医薬品企業は旧来型のビジネスモデルの見直しを迫られています。

 そうした中で日本の医薬品企業は今、強い危機感を持って変わろうとしています。しかし、まだこれといった答えは見付けられていません。一方、キャッシュフローは回っているため、長期的に医薬品以外のビジネスを模索する動きも出ています。

 方向感としてはまず、デジタルの活用。ひと口にデジタルといっても、様々な取り組みがあります。例えば、アステラス製薬は継続的に運動が必要な人のための運動支援アプリをバンダイナムコエンターテインメントと共同開発していたり、米Welldoc社から糖尿病を対象とした疾患自己管理アプリ「BlueStar」のアジアでの開発・販売権を導入したりしています。

 また、塩野義製薬は小児ADHD治療用アプリの治験に入ります。薬剤だけでない製品ポートフォリオの構築にデジタルを活用した形です。医療へのデジタルの活用は米国が先行しており、日本もその流れを受け、変化しはじめているところです。

 一方で、自社のリソースをどう維持するかも大きな課題です。自社新薬を継続的に開発できれば問題ありませんが、それが叶わない場合は導入品で維持させるのも一つの選択となります。例えば、協和キリンは腎性貧血治療薬「ネスプ」で構築した腎領域の販売フランチャイズをいかし、ネスプのジェネリック薬を取り扱ったり、海外企業から腎領域における開発品を導入したりしています。

現況打開の方策の一つは海外展開

現況を打開する有効な方策はあるのでしょうか。

 一つが海外展開でしょう。グローバルな医薬品の需要を見ると「米国」が断トツで、続いて「欧州」、最後に「その他の地域」となっています。その他の地域では日本が大きく、さらに今は環境整備が進む中国の市場ポテンシャルが高まっていると言えるでしょう。

 武田薬品工業、アステラス製薬、第一三共などの国内大手企業は既に欧米に販売網を広げています。そのため、次のステップは中国やアジアをどうするかという点が焦点となるでしょう。協和キリン、塩野義製薬、田辺三菱製薬などの準大手は欧米市場にトライしているところで、結果を出せるかどうかが問われます。

 とはいえ、海外市場の変化も大きい中、シェアを伸ばしていくのは容易ではありません。

米国では今秋、大統領選挙が予定されています。ヘルスケアは大統領選の度に争点になるテーマですが、医薬品業界に影響はありますか?

 ヘルスケアは国民の関心が高いため、毎回争点になるのでしょう。民主党候補が勝てばオバマケアの拡大やメディケア・フォー・オール(国民皆保険)を目指すことが想定されますが、立法化には下院、上院での審議を通さねばならず実現可能性という観点では不透明感があります。結果的にうまくいかず、短期では業界に大きな変化はないと考えます。

 しかし、今のように薬価を引き上げるという戦略が今後5~10年維持できるかというと疑問です。長期的には現在よりも薬価を引き上げられなくなる可能性が高いと見ており、そうなると、製薬企業は米国における戦略を見直さなければなりません。

中長期的に医薬品市場の成長エンジンとなり得るのは何でしょうか?

 製薬企業であれば、やはり、“創薬力”でしょう。以前と比べ、付加価値の高い薬品を生み続けることが容易ではなくなっているのは確かです。

 とはいえ今世紀に入ってからも、低分子薬から抗体薬、遺伝子治療へと、新薬の可能性はサイエンスの発展と共に広がってきました。生命科学の分野には解明されていない点も多く、そこに創薬のチャンスがあります。

日本企業の創薬力、その実力は…

日本企業の創薬力は、海外企業と比べてどうですか?

 単純比較は難しいのですが、FDA(米食品医薬品局)で承認された薬剤の数を見ると圧倒的に海外企業の方が多くなっています。iPS細胞(人工多能性幹細胞)を活用した再生医療など領域によっては日本の企業にチャンスがあると思いますが、全体としては、欧米企業が主導権を握っているのが現状です。

 日米で差が大きいのは、創薬のエコシステム。例えば、米国では企業が自分たちのリソースとは別にアカデミア(研究・教育機関)と協業したり、ベンチャー企業と提携したりと“オープンイノベーション”を活用する体制が数十年前から確立されています。また、潤沢なベンチャー・キャピタルの資金により新たなベンチャー企業が生まれ、それを製薬企業が買収するというサイクルもできています。

 加えて、製薬企業でキャリアを積んだ人がベンチャーでチャレンジするといった「ヒトの流動性」も高い点が米国の強みと言えます。私は前職でベンチャー支援の仕事をしていましたが、こうしたサイクルが日本だとなかなかうまく回らないのを実感しました。

 こうした中で注目されるのが、2018年、武田薬品工業が産官学連携を目指して開所した湘南ヘルスイノベーションパーク(略称・湘南アイパーク)です。これは、武田薬品工業の施設やネットワークを外部に開放し、バイオベンチャー育成などにも役立てることを目的として設立され、同社の創薬だけでなく、日本の創薬を盛り上げるという意味でも非常に意義深い取り組みだと思います(関連記事:タケダの敷地に出現した「湘南アイパーク」とは何か?)。

業績がよくても、必ずしも株価には反映されない

個人投資家は、投資対象としての医薬品セクターをどのように見たらいいでしょうか?

 特許ビジネスである製薬業においては、足元の業績が良好な会社でも、大型薬剤の特許が切れれば業績が著しく悪化する可能性があるため、中長期的な業績見通しが重要なセクターと考えたほうがよいでしょう。

 そのため、投資に際しては、他のセクターと違い、足元の業績よりも新薬のパイプライン(新薬候補)が注視されるのが特徴の1つです。業績が低迷していても、大型化が期待できる開発品において、良好な臨床試験結果が発表されれば、将来の利益成長期待から株価は上昇しやすくなります。

 逆に、業績がよくても、必ずしも株価には反映されないこともあります。例えば、アステラス製薬や塩野義製薬は足元の業績が好調であるにもかかわらず、株価は伸び悩んでいます。両社とも2020年代後半に大型薬剤の特許切れを控えていて、まだ次の稼ぎ手が見えてこないことが理由です。これに対し、第一三共は、承認されれば数千億円規模の売り上げが予想されるがん新薬への期待などで、株価が上昇してきました。

 医薬品セクターの株価は短期的にはパイプラインに関連するニュース・フローで上下しますが、長期的な視点からは、やはり創薬力が鍵を握ることになるでしょう。創薬力という点で市場の評価が高いのが、抗体医薬品に強みを持つ中外製薬です。自社創生した新薬ヘムライブによる業績拡大と、次々と抗体医薬品を生み出す技術力の高さが評価され、この数年、株価は右肩上がりで推移しています。

(タイトル部のImage:jamesteohart -stock.adobe.com)