日本のバイオ創薬ベンチャーが変革期を迎えている。2010年代後半以降、海外製薬会社との提携が急拡大しているのだ。背景にあるのは、バイオ医薬品の拡大とニッポンの実力の再評価。株式市場でも注目を集めている。日本のバイオ創薬ベンチャーに今何が起きており、どんなプレーヤーが注目されているのか? 長年業界を見続けてきたトップアナリスト、いちよし経済研究所の山崎清一氏に話を聞いた。

山崎清一氏 いちよし経済研究所 企業調査部 第二企業調査室 首席研究員
安田生命(現明治安田生命)の投資部門で医薬品セクターを中心にアナリスト業務に携わった後、2000年にいちよし経済研究所に入所。以降、一貫してバイオ創薬ベンチャーを専門に調査する証券アナリストとして活躍。バイオ創薬ベンチャーをテーマとした講演やメディアへの出演、寄稿も多い。日経ヴェリタス「人気アナリスト調査」医薬品・ヘルスケア部門の常連(写真:川田 雅宏、以下同)

日本のバイオ創薬ベンチャーは2000年頃、欧米より20年遅れでスタートしました。山崎さんは当時から一貫してこの分野をウオッチされており、まさに歴史の証人ですね。

 ヒトゲノム全解読を目指した国際的プロジェクト「ヒトゲノム計画」の始動(1990年)が契機になりました。遺伝子情報を解析することで画期的な新薬が作れるのではないかという期待が高まり、日本でも2000年に「ミレニアムプロジェクト」、2001年に「大学発ベンチャー1000社構想」などが立ち上がって、ベンチャー企業の設立が相次いだのです。

 こうしたベンチャー企業が上場すると株価は材料株的な上がり方をして「バイオバブル」ともてはやされましたが、当時は実体を伴わず、ビジネスとしては2007年頃まで鳴かず飛ばずの状態でした。

何が転換点になったのですか?

 大きな要因は、創薬トレンドの変化です。

 医薬品は、化学合成による低分子医薬と、生体物質を利用したバイオ医薬とに大別されます。低分子医薬には100年を超える歴史があり、「医薬品=低分子医薬」という時代が長く続いていたのですが、2000年代に入ってからバイオ医薬が台頭し、2008年には世界の医薬品売上高ランキングの上位10品目中半数を占めました。その後も勢いは拡大し、2018年時点では上位10品目中7品目がバイオ医薬となっています。

 両者は同じ医薬品でも全く世界観が違います。低分子医薬は化学構造式が決められており、材料を入れれば同じものが量産できます。例えるなら、電気製品のようなものです。これに対し、バイオ医薬は均一なトマトをどうやって作ればいいかという話で、誰にでもすぐにできるものではありません。

 大手製薬会社には低分子医薬を作る経験やノウハウ、工場などの設備はありますが、バイオ医薬となると話は別。こちらはむしろ、ベンチャー企業が強みを持つ分野です。そこで、それまで創薬については自前・秘密主義に徹していたのを方針転換し、外部資源を積極的に活用するオープン・イノベーションへと舵を切ったのです。

 結果として、製薬会社とバイオ創薬ベンチャーの役割分担が明確になり、両者の提携が加速しました。提携件数は2019年に過去最高を記録しましたが、今後もさらに増えていくはずです。

バイオ創薬ベンチャーに強い追い風

米国ではバイオ創薬ベンチャーが存在感を示していますが、日本の会社はどうでしょう?

 創薬には通常10年以上の年月がかかりますから、日米間の20年の遅れを取り戻すのは容易ではありません。しかし今、日本のバイオ創薬ベンチャーには強い追い風が吹いています。大手製薬会社が言うところの“モダリティ(治療手段)の多様化”ですが、私は敢えて“異端技術の価値向上”と呼んでいます。

 例えば、遺伝子治療は2010年頃まで、大手製薬会社では異端扱いされていました。2002年に細胞に感染しやすいウイルスを、遺伝子を体内に運び込むベクター(運び手)として使う臨床開発が行われたのですが、ベクターの副作用で治療を受けた患者が白血病を発症して失敗に終わり、以降は研究開発が停滞したためです。

 しかし、約10年経って安全性の高いベクターが登場し、再び遺伝子治療が脚光を浴びるようになりました。2012年には遺伝子治療薬に先進国で初の承認が下り、2015年から2017年にかけて計6つの新薬が承認されました。その結果、ここぞとばかり欧米のメガファーマなどによる遺伝子治療ベンチャーの大型買収が相次いだのです。

 日本のバイオ創薬ベンチャーの中には宝ホールディングスの子会社・タカラバイオを筆頭に、1990年代から一貫して遺伝子治療の研究に取り組んできた会社があります。タカラバイオは、免疫細胞のT細胞にキメラ抗原受容体(CAR)の遺伝子を導入した「CAR-T細胞療法」などの技術で世界的に注目を集めています。

 国産の遺伝子治療薬として国内で初めて承認されたのはアンジェスの肝細胞増殖因子(HGF)を使った慢性動脈閉塞症治療薬「コラテジェン」で、開発期間20年をかけ、2019年9月に発売されました。同薬は間もなく米国での臨床試験フェーズ2bが始まります。

医薬品の貿易収支改善の可能性も

他にも有望な“異端技術”を持つ会社はありますか?

 最近は“ポスト抗体医薬”としてペプチドや核酸などを使った中分子医薬が大手製薬会社の関心を集めています。これらは少し前まで異端どころか夢物語でした。

 ペプチドの世界的なリーディングカンパニーが、2006年設立のペプチドリームです。特殊ペプチド創薬技術の特許を持つ同社は、既に世界各国の製薬会社と提携を結んでおり、その半数以上が欧米のビッグファーマです。

 塩野義製薬、積水化学工業と合弁で、2017年に大阪に特殊ペプチド医薬品の原薬を製造するペプチスターを設立しました。将来、特殊ペプチド医薬品が実用化されれば、日本の医薬品の貿易赤字は大幅に改善するでしょう。

 他に、ペプチド医薬ではHMGB1ペプチドによる再生誘導医薬を塩野義製薬にランセンスアウトしているステムリム、核酸医薬ではRNAを活用した分子標的薬(アプタマー医薬)のリボミックなども注目されます。

投資では提携の動きに注目

個人投資家がバイオ創薬ベンチャーに投資するとしたら?

 日経平均株価がバブル後最高値を更新した2019年、バイオ創薬ベンチャー相場は一休止といった状態でした。理由としては、ドル円相場が円安傾向だったことが挙げられます。円安になると投資マネーが引き上げられ、電機や自動車など輸出企業の株式へと流れるからです。しかし、バイオ創薬ベンチャー全般では、まだまだ株価の上昇余地はあると見ています。

 この分野の株が業績で買われることはあまりなく、株価はイベントの先取りで大きく動きます。ニュースで上がり、業績が出たときは一相場終わっていることが多いのです。

 その中で、個人投資家が注目するといいのは提携、特に欧米のビッグファーマとの提携のニュースです。よほど詳しい方でない限りバイオ創薬ベンチャーの技術力を判断するのは困難で、「ビッグファーマが評価した会社」という観点から拾っていくのも一つの手と考えます。提携がしっかりした会社には機関投資家も乗ってきますから、お金の入り方も違います。

 ただ、バイオ創薬ベンチャーの株価は上にも下にも行き過ぎる傾向があり、長期投資を行うにしても、短期のタイミングを見据えてから動かないと、とんでもない高値で仕込んでしまうといったリスクがあります。

 具体的には、皆が買って株価が上がっているときに追いかけるのは止めた方がいいでしょう。むしろ、行き過ぎた株価がぐんと落ちたときが狙い目。先ほど申し上げたようにビッグファーマと提携するような力のある企業であれば、株価も盛り返してくるはずです。

 バイオ創薬ベンチャーには、「がんを撲滅してほしい」「身内の病気を治す薬を作れるのはここしかない」といった思いから投資をされる方がいて、実際、株主総会でもそうした声がよく聞かれるそうです。まさに正論であり、こうした側面から投資の裾野が広がっていくことを望んでやみません。

(タイトル部のImage:jamesteohart -stock.adobe.com)