画期的な新薬が誕生する一方で、国際競争が激しさを増す医薬品セクター。日経ヴェリタス「第31回アナリストランキング」で医薬品・ヘルスケア部門の1位に選出された大和証券の橋口和明氏に、2030年に向けた医薬品ビジネスの見どころと日本企業が活躍するための課題について聞いた。

橋口和明氏 大和証券エクイティ調査部次長・シニアアナリスト
2006年、北海道大学獣医学部卒業。いちよし証券、日興コーディアル証券(現SMBC日興証券)を経て2014年に大和証券に入社。2019年3月、機関投資家の投票による日経ヴェリタス「第31回人気アナリスト調査」で医薬品・ヘルスケア部門の1位に選出される(写真:川田 雅宏、以下同)

先進国での高齢化の進行、新興国での人口・所得の増加による購買力の拡大などを背景に、医薬品市場の中長期的な成長を期待する声が高まっています。

 誤解されている方が多いようですが、少子高齢化は医薬品業界にとってネガティブファクターとなります。例えばいまの日本の医療費は、患者の自己負担が1~2割、残りの部分は社会全体で支えているという構造です。高齢者が増加し薬の需要が伸びても、それ以上にお金を払う層(生産年齢人口)が増えなければ薬価は下がります。高齢化はむしろ、薬剤の単価低下圧力となる公算が大きいのです。

 新興国市場についても懐疑的です。新薬の開発には膨大な時間と費用がかかり、現状、こうしたリスクを取って外貨獲得につなげられている国は米国、英国、フランス、スイス、ドイツ、日本くらいしかありません。2030年頃には、この中に中国が入ってくる可能性がありますが、それ以外の国は輸入に頼る形です。薬を輸入する側からすれば、薬価を極力安く抑えて自国民が医療にアクセスしやすい状態にしておくのが望ましい。結果的に新興国では儲けにくいということになります。

画期的なイノベーションなしに市場は拡大しない

医薬品が成長するためには何が必要なのでしょうか?

 技術革新、これに尽きるでしょう。

 いまの医薬品業界は構造的には「使用量が増えて価格は下がる」という状況にあり、画期的なイノベーションなしには市場を拡大するのが難しくなっています。

 価格の安い古い薬でも十分な治療成果が上げられる病気が増え、長く使っている薬のほうが安全性も確認されていることから、20年ほど前と比べて創薬のハードルは格段に上がってしまいました。とはいえ、もちろん開発が期待される新薬はあります。

 最たるものが、遺伝子治療薬です。遺伝子治療薬は遺伝子を体に入れて病気を治すタイプのクスリで、既に一部で製造販売が行われていますが、現在、米国と中国で多くの企業が莫大な投資を行っており、その技術革新のペースが凄まじく早いのです。臨床試験に入っているものを見ると、長期の安全性確保や有効性の持続、生産の難しさなど課題は多いのですが、このペースで開発が進んでいけば、近い将来には遺伝子治療薬で多様な疾患が克服できるようになるかもしれません。

 遺伝子治療薬は従来型の治療薬と比べて投与頻度が非常に少ないのが特徴です。ですから、先進国はもちろん、医療に頻繁にアクセスできない地域でも治療体系を大きく変えるポテンシャルを秘めており、大いに注目されます。

日本の製薬会社は対抗できるのか?

医薬品企業の国際競争が激化しています。日本の製薬会社は対抗できるのでしょうか?

 医薬品最大のマーケットは米国です。米国は移民に寛容で、世界中から優秀なライフサイエンティストが集まっています。また、リスクを取って結果を残した人にはきちんと報いる文化があります。世界最先端の頭脳と成功者へのリワード、さらに完全な自由競争が行われていること、これが米国企業が優れた薬剤を作れる最大の理由です。

 これに対し、日本では薬価を決めるのは国ですし、公的医療保険制度もあります。これらがネックになり、このままだと日本の医薬品企業は全体として「縮小」へと向かわざるを得ません。日本の場合、同じカテゴリー内であれば薬価は均一でしたから、リスクを取って新薬を開発するより、二番手でちょっとした改良品を出すほうが儲けやすいという地合いがありました。日本の企業はこの“二番手狙い”を得意としていたのです。

 しかし、昨年行われた薬価制度改革は「日本でしか売れない薬は要らない。海外で売れる薬を作れ」というもので、革新的な薬とそうでない薬の価格は明確に区別されるようになりました。国内の販売重視でやってきた企業はビジネスチャンスが先細っていくことになり、各社はいま、「販売会社」から海外で通用する「開発会社」へとシフトチェンジしている最中です。

シフトチェンジはどの程度進んでいますか?

 会社によって“タイムラグ”があります。薬価制度改革が行われたのは昨年ですが、それ以前から少しずつ変化が始まっており、いずれこうなることは予測できたはずです。

 そうした中、中外製薬は2002(平成14)年という早い時点でスイスの大手エフ・ホフマン・ラ・ロシュと「戦略的アライアンス」を組んでいます。得意とする抗体研究の基盤と技術をグローバルに生かすために、早い時点で海外企業の傘下に入る選択をしたわけです。そしていま、ようやくその成果が表れ始めたところです。

 方向転換で遅れを取ったのが、国内最大手の武田薬品工業です。売上高の大半を国内が占めており、ある意味、日本的なマーケットに最も適合していた企業と言えるでしょう。

 同社は2014(平成26)年に英グラクソ・スミスクラインの子会社で社長を務めたクリストフ・ウェバー氏を社長に迎え、2016(平成28)年には「オンコロジー(がん)」「消化器系疾患」「希少疾患」「ニューロサイエンス(神経精神疾患)」の4つの重点疾患領域にフォーカスした研究開発へと大きく舵を切りました。

 こうした改革が奏功すれば、2020年代半ばには成果が出てくるかもしれません。しかしうまくいかない場合は、今販売している大型医薬品の特許が切れた後に、何かしらの構造改革を強いられる可能性もあります。

「ハイリスク・ハイリターン」の色合いが強まる

医薬品セクターと言えば、株式市場でディフェンシブ銘柄の代表とされてきましたが、近年は成長性(グロース)に期待する人もいるようです。投資対象としての医薬品セクターをどのように見たらいいでしょうか?

 これまでの日本の医薬品企業は公的医療保険制度に守られ、どの企業もそれなりの収益を確保することができました。しかし今後は、開発力の差による優勝劣敗がはっきり出てくるでしょう。

 新薬の開発は5~10年と長期にわたり、成功すれば大きな利益が得られる半面、背後には数えきれないほどの失敗が横たわっています。薬価改定や後発薬の台頭といった環境の中で業績を上げていく必要がある今後は、より革新的な新薬の開発が求められます。医薬品セクターは、景気との相関関係が低いという意味では「ディフェンシブ」かもしれませんが、「ハイリスク・ハイリターン」の色合いが強まると見ています。

「画期的新薬創出力の重要性を強調したい」(橋口氏)(写真:川田雅宏)

(タイトル部のImage:jamesteohart -stock.adobe.com)