コロナ禍により、もっぱらワクチンや治療薬の開発・供給動向が報じられる中、静かだが着実に進んでいる創薬のトレンドがある。創薬ベンチャーによるビジネスチャンスの拡大だ。背景にあるのはモダリティ(創薬物質)の多様化の加速。いちよし経済研究所の山崎清一首席研究員は、「創薬を取り巻く環境が大きく変化して“異端“が評価される今は、技術力を持つスタートアップには活躍の好機だ」と話す。山崎氏に、コロナ禍で進んだバイオセクターのビジネス環境の変化について聞いた。

山崎清一氏 いちよし経済研究所企業調査部首席研究員
山崎清一氏 いちよし経済研究所企業調査部首席研究員
安田生命(現明治安田生命)の投資部門で医薬品セクターを中心にアナリスト業務に携わった後、2000年にいちよし経済研究所に入所。以降、一貫してバイオベンチャーを専門に調査する証券アナリストとして活躍。バイオベンチャーをテーマとした講演やメディアへの出演、寄稿も多い。日経ヴェリタス「人気アナリスト調査」医薬品・ヘルスケア部門の常連(写真:川田 雅宏、以下同)
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WHO(世界保健機関)がパンデミック宣言を出した前月、2020年2月のインタビュー(関連記事:海外ビッグファーマも注目する国内バイオ創薬ベンチャーの実力)では、「2000年代後半から創薬トレンドが変化してモダリティ(創薬物質)の多様化が進み、かつては異端とされた技術の価値が大きく向上している」というお話をされていました。コロナ禍でも多様化はさらに進展したのでしょうか?

 コロナ禍で一躍脚光を浴びたのが、mRNA(メッセンジャーRNA)医薬品です。コロナワクチンとして知られる米ファイザーと独ビオンテックの共同開発品と、米モデルナの開発品は、いずれも人工合成による遺伝物質のmRNAを用いたものです。

 創薬の分野では、低分子、たんぱく質、抗体医薬品の時代が長く続き、2012年以降は遺伝子、核酸医薬(DNAの構成成分の核酸を用いた医薬品)に分類されるアンチセンスやsiRNA(2本鎖RNA)と新しいモダリティによる医薬品が次々と承認されるようになっており、2020年にはそこにmRNA医薬品が加わった形です(図1)。

 たんぱく質医薬が初めて承認されてから抗体医薬が承認されるまでに15年、その後遺伝子医薬が承認されるまでにさらに15年の歳月を費やしています。しかし、遺伝子医薬からアンチセンス医薬までは1年、アンチセンス医薬からsiRNA医薬までが5年、そしてsiRNA医薬からmRNA医薬までは2年と、多様化のスピードは加速しています。

 mRNA医薬品のメリットは、遺伝子配列が分かれば短期間で比較的容易に設計できることです。コロナ禍という非常事態ではあるものの、通常なら10年はかかるワクチンの開発を1年足らずで成し遂げたのは、この新しい創薬技術が威力を発揮したからでしょう。

 英アストラゼネカや米ジョンソン・エンド・ジョンソンなどはウイルスベクターを使ったワクチンを製品化していますが、現時点ではmRNAワクチンの方が安全性評価も高く、日本国内での接種はファイザー&ビオンテック製とモデルナ製が中心になっています。

■図1 創薬技術別に見た新薬の承認
■図1 創薬技術別に見た新薬の承認
(注)アンチセンス薬は1998年に1品目承認されたが、コンスタントに承認されるようになったのは2013年から
(出所)いちよし経済研究所
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米国IPOから見えてくるモダリティの新トレンド

この1年半余りでも大きな変化があったのですね。他に今注目なさっているモダリティはありますか?

 私が創薬トレンドの変化を読む際に参考にしているのが、米国内に本社を置くバイオベンチャーIPOの時価総額(年間ランキング)です。バイオ技術で世界をリードする米国のバイオIPOへの投資家の評価を見れば、グローバルな創薬トレンドの変化が推測できるからです。

 例えば、2014年にバイオIPOの時価総額で1位と2位を占めたのは、今をときめくCAR-T細胞療法薬(患者の免疫機能を司るT細胞に、がんの目印を認識する遺伝子・キメラ抗原受容体を導入した免疫療法薬)を開発する企業でした。2018年の時価総額トップが前出のモデルナです。モデルナの純損益は、2020年度は7億4700万ドル(約820億円)の赤字でしたが、直近の発表では2021年1~6月期は約40億100万ドル(約4400億円)の黒字となっています。これに伴い、同社の時価総額は昨年末から今年の8月末までに約4倍に膨れ上がりました。mRNA技術でとてつもない利益を生み出した、バイオベンチャーの大成功例と言えるでしょう。

 そこで2021年1~6月期のバイオIPO40社の時価総額ランキングを見ると、3つのトレンドが見えてきます(図2)。

 第1は、1位のリカージョン・ファーマシューティカルズが手掛ける「AI(人工知能)創薬」です。AI創薬は20年以上前から注目されていましたが、なかなか成功事例が登場せず、「コンピューターでは新しいものを生み出すのは難しい」と言われました。しかし、近年のスーパーコンピューターの劇的な進化を背景に、2015年頃から創薬ベンチャーによる新薬候補物質が製薬会社にライセンスされるようになっています。バイオIPOの時価総額ランキングでも2020年からAI創薬を扱う企業が台頭してきており、今後、創薬へのAIの活用がますます盛んになるのではないかと予想されます。

 時価総額2位から7位までの企業の開発品は、大きく2つのテーマに分かれます。それが第2と第3のトレンドです。その1つが、「遺伝子改変細胞を用いたがんの治療薬」です。このはしりが先のCAR-Tであり、2014年IPOのカイト・ファーマなどから始まった技術のイノベーションがその後も続いているのです。今年上半期に上場した企業は、こうした技術の開発や、それを応用した治療薬の開発に取り組んでいます。

 もう1つのテーマが、「ゲノム編集技術と、その応用技術による治療薬の開発」です。現在の遺伝子治療は正常な遺伝子を薬として投与するもので、遺伝子を操作するわけではありません。これに対し、ゲノム編集技術を利用した治療薬では、異常な遺伝子を正常な遺伝子に修復することが可能になります。まさに“究極の遺伝子治療”です。このゲノム編集技術を応用した新たな治療薬の開発も活発に行われています。

■図2 2021年前半に上場した米バイオ企業の時価総額上位(時価総額10億ドル以上)(単位:百万ドル)
■図2 2021年前半に上場した米バイオ企業の時価総額上位(時価総額10億ドル以上)(単位:百万ドル)
(出所)いちよし経済研究所
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タカラバイオやモダリスなど、有望技術を持つ日本企業も

今まで挙げてくださった創薬トレンドにおいて、有望な技術を持つ日本企業があればお教えください。

 「遺伝子改変細胞を用いたがんの治療薬」の分野で注目されるのがタカラバイオです。同社は滑膜肉腫を対象とするTCR-T細胞療法(患者の免疫細胞に、がんの目印を認識する遺伝子・T細胞受容体を導入した免疫療法薬)で大塚製薬と日本国内での共同開発・独占販売契約を結んでおり、年内に国内での承認申請を行う予定です。

 「ゲノム編集の応用技術による治療薬の開発」の分野にも、有望な技術を持つ企業があります。2016年創業で、2020年8月に東証マザーズに上場したモダリスです。ゲノム編集は遺伝子を書き換えるために遺伝子を切断しますが、それに伴い、がん化のリスクや、狙った遺伝子以外の遺伝子を切断するリスクなどが報告されています。モダリスの遺伝子制御治療薬はゲノム編集の技術を基にしながら、目的遺伝子のオンとオフを制御することによって治療を行う「切らないゲノム編集」です。先天性筋ジストロフィータイプ1A(MDC1A)を対象にした開発品で、年内のライセンス締結を目指して欧米のビッグファーマを含む数社と交渉中です。

 核酸医薬やmRNA医薬開発の分野で、日本を代表する存在がナノキャリアです。乳がん患者の約50%に過剰発現する転写因子PRDM14を標的とするsiRNAを用いた開発品で、再発乳がんを対象に臨床試験を行っています。また、創薬支援のアクセリードと共同で新会社プライムルナを設立し、膝の軟骨を再生させるmRNA医薬品(変形性関節症治療薬)の開発に取り組んでいます。

 残念ながらAI創薬の分野での有力企業は見当たらないのですが、そーせいグループがAIや機械学習(ML)を活用した創薬のプラットフォームを持つ米インベニAIと研究開発提携をスタートさせています。

過去最高を記録した創薬ベンチャーの提携

昨年のインタビューで、「創薬ベンチャーへの投資の際に判断基準となるのがビッグファーマとの提携」とおっしゃっていました。日本の創薬ベンチャーの提携は今どういう状況になっているのでしょうか?

 日本の創薬ベンチャーと製薬会社との提携件数は、コロナ禍の2020年に過去最高の26件を記録しました。海外製薬企業との提携は17件で、ビッグファーマがこのうち4割強を占めます。ビッグファーマとの契約件数は前年比で倍増しており、日本の創薬ベンチャーに対する世界的な評価が高まっていると言えるでしょう。

 提携数は2021年も1~8月で16件(前年同期比マイナス1件)と高水準を維持しています。内訳を見ると、数が多いのは特殊ペプチドの世界的なリーディングカンパニーであるペプチドリーム。同社は1~8月に武田薬品工業、小野薬品工業、米アルナイラムの3社、さらに9月にも仏アモライトとの提携を発表しています。ただし、国内株式市場の活況で投資マネーが製造業などに流れ込んでいることから、現状、株価はぱっとしません。

 ペプチドリームと並ぶ“提携の雄”がそーせいグループですが、2021年1~8月期の提携件数はゼロです。しかし、こちらの株価は堅調に推移しています。大型提携への期待が高まっているためです。同社は米アッヴィから権利が返還されたムスカリン受容体作動薬プログラムの年内再導出を目指し、複数の企業と交渉中です。このプログラムにはアルツハイマー型認知症や統合失調症など複数の治療薬候補がセットされていますが、中でも統合失調症治療薬が有望視されています。

独ベーリンガーインゲルハイムや独メルクと提携したプリズムのような、未上場企業の“サプライズ提携”は今年もありましたか?

 はい。今年も未上場企業が大型提携を実現しています。

 今年前半最大のサプライズはハートシードですね。6月にデンマークのノボレルディスクと提携し、契約一時金・短期マイルストーンで5500万ドル(約60億円)を受領することになりました。契約収入は最大で総額5億9800万ドル(約660億円)に上る見通しです。ハートシードの開発品は、あのiPS細胞由来の物質(重症心不全患者を対象とした他家iPS細胞由来心筋球)です。iPS細胞関連でこれだけのビッグディールは初めて見ました。

 東京農工大学発のベンチャーであるティムスは、開発中の急性期虚血性脳卒中治療薬の第2相臨床試験の結果を受けて、米バイオジェンが全世界での独占的な開発権と販売権を持つことになりました。契約一時金は1800万ドル(約20億円)。ティムスは8月に東京証券取引所に上場申請を行っています。

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起業にはチャンス

わくわくするような展開ですね。この分野でのスタートアップを考える人にとって、今はチャンスと言えますか?

 起業を目指す人にとってはチャンスでしょう。

 日本の大学は2000年代から異端技術の研究に熱心でしたが、そこから生まれる開発品に、当時の製薬会社は目もくれませんでした。しかし、モダリティの多様化で異端技術に追い風が吹き、近年はこの状況が逆転、大手製薬会社によるオープンイノベーションが活発化しています。

 日本の大学は相変わらず、魅力的な研究の宝庫です。例えば、2020年の米国のバイオIPOで一躍注目されたビーム・セラピューテクスの技術は遺伝子文字配列の1文字だけを酵素を使って別の文字に変えてしまう「切らないゲノム編集」ですが、実は神戸大学発のベンチャー、バイオパレットも同様の研究を行っています。

 2015年に設立された、山口大学と国立がん研究センターによるベンチャーのノイルイミューン・バイオテックという会社があります。同社の研究は言わば“CAR-Tの進化版”ですが、創業からわずか2年後の2017年に、新たなCAR-T細胞療法の研究開発で武田薬品工業と提携契約を締結しました。

 優れた研究が存在し、それをうまくビジネス化できればノイルイミューンのようなことが起きてしまうのが、今の創薬ベンチャーの世界です。

起業を目指す方に注意すべき点などアドバイスをお願いします。

 「当たれば大きい」のが創薬ベンチャーですが、いくら異端技術の価値が向上しているとはいえ、あまりに突拍子のないものを出しても箸にも棒にも掛からない可能性があります。事業の効率性を考えるなら、創薬トレンドを見て、どういう研究がビジネスに結び付くのか検討する必要があります。

 トレンドをチェックするに当たり、前述した米国のバイオIPOの時価総額ランキングは参考になります。年間トップ10入りした企業の技術トレンドは押さえておきたいところです。専門誌にも目を通して、世界が今どういう技術を求めているのか、どんな分野の提携が進んでいるのかといった情報を突き合わせていけば、トレンドが見えてきます。その流れに乗った技術の提供を検討するのが賢明かと思います。今のトレンドに合致していれば、製薬会社にも話が通じやすいでしょう。

 iPS細胞関連の技術も、ほんの5年前までは話を聞いてもらうことさえ困難でした。しかし、昨今のCAR-Tのトレンドから、米センチュリー・セラピューティクスのようにiPS細胞を使って遺伝子を改変しがん治療に使うといった研究が出てきています。iPS細胞由来のCAR-T細胞療法であるとか、iPS細胞由来のがん免疫療法であるなど、創薬トレンドの中でiPS細胞のポジションが明確になってくれば、今後の展開が面白くなりそうですね。

(タイトル部のImage:jamesteohart -stock.adobe.com)