外科手術において、身体への負担を軽減する低侵襲手術が進展し、手術用ロボットのニーズが拡大している。これまでその市場は、米インテュイティブサージカル社の「ダヴィンチ」に半ば独占されてきたが、同社の基本特許が満了を迎える中、今後は複数メーカーの参入を控える。その中でも特に注目されるのが、初の国産品である「hinotori サージカルロボットシステム」。川崎重工業とシスメックスの共同出資により設立されたメディカロイドが開発し、2020年8月に製造販売承認を取得した。2024年には約11兆円との予想もある世界の手術支援ロボット関連市場について、UBS証券の小池幸弘アナリストの見方を聞いた。

小池幸弘氏 UBS証券調査本部株式調査部シニアアナリスト
米国の研究機関で科学者として活躍後、ゴールドマン・サックス証券、モルガン・スタンレーMUFG証券などを経て2017年より現職。2020年Institutional Investorsアナリストランキング第2位(ヘルスケアサービス・医療機器部門)。2020年スターマイン・アナリスト・アワード第1位(投資判断部門、総合およびヘルスケア)。グローバルな事業会社および投資家ネットワークを活用したエクイティ・ストーリーの構築、実行に強み。南カリフォルニア大学修士号(脳神経科学)、薬剤師(写真:川田 雅宏)

手術支援ロボットの分野は現在、フロントランナーである米インテュイティブサージカル社の「da Vinci Surgical System(以下、ダヴィンチ)」の独擅場です。2018年末時点では世界で約5400台が販売され、日本ではその8%、約400台が稼働しています。国内の普及状況をどうご覧になっていますか。

 多いか少ないかと言えば、まだまだ少ないと思います。ダヴィンチは2009年に日本で認可されて以降、第1世代から第4世代のXiまで10年間で約400台が導入されました。日本には手術件数の多い高度急性期病院が約1800あります。そのトップ500に限定すれば浸透率は約80%に上りますが、高度急性期病院全体で見れば約20%に過ぎません。

 導入がなかなか加速しない理由としては、以下の3つが挙げられます。

 第一にコストの問題。ダヴィンチの現在のフラッグシップモデルXiの販売価格は約3億円、廉価版のXでも約2億円です。購入後も維持費がXi、Xともに年間約1000万~2000万円かかります。米国内での販売価格はXiが1億5000万円、Xが1億円ほどです。国内価格には、輸入関税やインテュイティブサージカル社の日本拠点の人件費などのプレミアムが乗せられているのです。

 2番目はダヴィンチのサイズの問題です。ダヴィンチはもともと米国の医療現場を想定して開発されていますからロボットアームも大きく、小柄で華奢な日本人の手術ではアーム同士が干渉する場合があります。「サージョンコンソール」というコックピット部分もヘリコプターの操縦席ほどの広さがあります。米国は手術室が広いのでダヴィンチを置いても他の手術を行うことができますが、狭い日本の手術室だとそれが難しく、手術室の稼働率に影響します。

 3番目は日本特有の問題なのですが、公的医療保険の報酬制度によるものです。日本では公的保険を使った治療がメインで、その診療報酬が病院経営を左右します。ロボット手術による加算が付かない手術であれば、病院側からすれば従来の術法である腹腔鏡手術や開腹手術のほうが経済的という判断になります。そして現状、ダヴィンチを使った手術で加算が付与されるのは前立腺と腎臓だけなのです。

1台1億円程度と見られるヒノトリの価格

ロボット手術に公的医療保険が適用され、患者の自己負担が軽くなれば普及が進むというわけではないのですね。

 ダヴィンチを購入し、5年で償却した場合(残存価値10%)、年間どれだけの手術を行えばペイするのか、メンテナンス費用(ダヴィンチの購入価格の5%)、消耗品代(1手術当たり病院の持ち出しが40万~50万円)、医師らの人件費(1手術当たり20万円と仮定)も加味しながら試算したことがあります。

 Xiの場合は、実に年間約300件の手術が必要という結果になりました。営業日ベースでほぼ毎日手術を行うことになり、これはかなりハードルが高い。前立腺や腎臓の手術が必要な患者は年間数万人ほどしかいないニッチな分野です。地方の病院では患者の確保が難しく、結果的にダヴィンチを購入しているのは、ほとんどが患者を確保しやすい大都市圏の病院です。

そうした中、いよいよ国産初の手術支援ロボット「hinotori サージカルロボットシステム(以下、ヒノトリ)」が発売されます。川崎重工業とシスメックスが折半出資するメディカロイドが開発したヒノトリの参入で、状況が変化することはあるのでしょうか。

 先ほど指摘したダヴィンチの3つの障壁のうち2つはヒノトリによって克服できると考えています。

発売が待たれるメディカロイドのヒノトリ(出所:メディカロイド)

 まず、コストの問題ですが、日本ロボット外科学会で行われたメディカロイドによるプレゼンテーションでは、「ダヴィンチの半分くらいの価格帯を狙う」と紹介されました。ダヴィンチの廉価版Xの半額となると、1台1億円前後と想定されます(インタビュー時点でヒノトリの価格は未発表)。これを先の試算に当てはめると、ヒノトリの場合、ざっくり年間100件の手術を行えばペイできることになります。Xiの3分の1の患者を確保できればいいわけで、地方の病院に対しては大きな訴求ポイントでしょう。

 サイズもヒノトリはダヴィンチと比べてコンパクトに作られていて、移動が楽で、使わないときは隅に寄せておくことも可能ですので、手術室の稼働率を大きく損なう事は無さそうです。ロボットアームも人間の腕と同じくらいの細さで、アーム同士の干渉が起こりにくくなっています。

 ただ、3番目の診療報酬については、ヒノトリはダヴィンチと同じ分類に入りますから、加算対象の手術が拡大されない限り、改善は難しいでしょう。

グーグル系のヴァーブ・サージカル社に注目

対象手術拡大の動きはあるのでしょうか。

 前立腺や腎臓以外の臓器の手術も加算の対象とするためには、ロボット手術が合併症や出血のリスクを減らすとか、術後の入院日数を減らすといった医療経済的なメリットを示す必要があります。メーカーやユーザー側はそのために、水面下で多くの臨床試験を行ってきました。

 特に有望と考えられるのが胃がん手術です。対象となる患者数は前立腺や腎臓とケタ違いで、国内最大のマーケットになります。藤田医科大学病院総合消化器外科の宇山一朗教授らによる試験により、グレード3以上の術後合併症の発生率が、ロボット手術では腹腔鏡手術の半分以下に抑えられることが証明されました。

 これを受け、今年4月の診療報酬改定で胃がん手術が加算の対象となるのではないかとの期待が高まりましたが、結果的には見送られました。次回の改定は2年後の2022年、そのタイミングになればヒノトリも実績を積んでいるはずです。政府としても “国産初のロボット”に対し幾分配慮し時間的猶予を与えているのかもしれません。

ダヴィンチの持つ特許の大半が2019年で期限切れを迎えたこともあり、手術支援ロボット開発の動きが活発化しています。小池さんが有望だと考えるプロジェクトについてお教えください。

 国内の開発はスタートアップが中心です。どの企業も一長一短があり絶対的存在と言えるところはありませんが、私が今注目しているのは東京工業大学と東京医科歯科大学の研究室による大学発ベンチャー、リバーフィールドです。

 同社が開発するロボットの強みは空気圧駆動の技術を活用した「力覚フィードバック」で、臓器をつかむ感触を医師の手元に再現します。人体や患部は柔らかく繊細で、手術の際は触れたときの感覚が大変重要です。しかし、触感は人間特有のものですから、従来のロボット手術ではそこを犠牲にせざるを得ませんでした。

 この技術が商業化されたら、若手の外科医のラーニングカーブを大幅に短縮させる触媒になるのではないかという期待感があります。革新的なデバイスが出てくれば、VRやARを用いたトレーニングが可能になるでしょう。

大手企業の動向はどうなのでしょう。

 富士フイルムでは医療用AI技術の実用化が進んでおり、オリンパスは今年7月に発売した消化器内視鏡にAIによる診断支援の機能を付加する予定です。大手企業ではこうしたソフト面からのアプローチが増えていますが、これをロボットと合体させれば最強だと思いませんか。それを実現しようとしているのが、米国のアルファベット(グーグルの親会社)とジョンソン・エンド・ジョンソンが共同で立ち上げたヴァーブ・サージカルです。

 同社では、グーグルの機械学習やビッグデータ分析とジョンソン・エンド・ジョンソンの外科ユニットのノウハウを融合し、クラウドベースのデジタル手術のプラットフォーム構築を目指しています。昨年2月には軟性内視鏡ロボットを手掛けるオーリス・ヘルスを買収。製品化は2024~2025年に延期されましたが、ロボット手術を大きく近未来へと前進させるポテンシャルを秘めていると思います。

(写真:川田 雅宏)

日本企業の強みとは?

国産ロボットは米国勢に対抗していけますか。

 ヒノトリの強みは、そのまま国産ロボットの強みにつながると思います。例えば、多関節ロボットの技術。ヒトノリは実際の人間の腕よりも関節数が多く、それが繊細な動作を可能にしています。日本の企業には、伝統的にこうしたものづくりのDNAがあります。ひと言で言い表すなら「モビリティの高さ」でしょうか。

日本能率協会総合研究所のレポートでは、国内の手術支援ロボットの市場は2024年には270億円に上ると予測されています。今から10年後の2030年、手術支援ロボットのマーケットはどうなっていると思われますか。

 腹腔部の手術は、開腹・開胸手術から腹腔鏡手術へ、腹腔鏡手術からロボット手術へと進化してきました。要はスイッチング(置き換え)ですから、ロボット手術がどんなに頑張って普及しても市場としては全体の手術件数を超える事はできません。特に日本はこれから後期高齢者(75歳以上の人口)の割合が高まり、手術を避けて薬物治療を選択するケースが増えていくと見られます。

 一方でダヴィンチを使った手術件数は、米国で2ケタ成長を続けています。2000年代を牽引した前立腺や子宮の手術に代わって、2010年代後半からは一般外科手術が新しい成長ドライバーとなりました。これに対し、日本では診療報酬の問題からスイッチングは泌尿器科の中にとどまっています。現在の導入状況を見ても国内のポテンシャルは低くなく、今から10年後の2030年には、日本が今の米国と同じような状況になっているかもしれません。

個人投資家は、この分野への投資をどう考えたらいいでしょうか。

 株式市場において、手術支援ロボットへの投資はアーリーフェーズにあります。現状、この分野への関心は高いものの、業績貢献としての期待はまだあまり高くありません。今年、オンライン診療に投資家の過剰な期待が向けられたのとは対照的です。

 ヒノトリの認可が発表された際も、親会社の川崎重工業やシスメックスの株価はほとんど反応しませんでした。しかし、ヒノトリの普及による利益は親会社に落ちる仕組みになっており、今後普及が進むにつれて2社の株価を動かす要因になっていくのではないかと思います。

 2020年末にはメディカロイドの投資家やアナリスト向けの説明会が予定されています。具体的な経営目標や数値が示され市場から好感されれば、目先はそこでシスメックスなど親会社の株価が反応する可能性もあります。

(タイトル部のImage:jamesteohart -stock.adobe.com)