あの「イルミナ社」を出て自ら起業

 桜庭氏は、ゲノム解析のグローバル企業イルミナ社で次世代シーケンサーのクリニカル領域におけるプロモーションに当たった経歴を生かし、同じくイルミナ社で学術営業を担当していた長井陽子氏と共に2017年、ゲノム解析を受託するバリノスを設立した。「イルミナを出て自ら起業したのは、当時、日本には次世代シーケンサーを活用した遺伝子検査を臨床検査として行おうという企業がほとんどなかったから。世界のゲノム医療に比べると、日本はあまりに後れている。ならば、自分がやるしかない、という思いだった」と桜庭氏は振り返る。

(左)桜庭喜行氏 代表取締役。2001年、埼玉大学大学院博士課程修了。理化学研究所ゲノム科学総合研究センター、米国セントジュード小児病院、ジーンテック株式会社、イルミナ株式会社を経て、2017年、バリノス設立。代表取締役に就任。(右)長井陽子氏 2011年、東京大学大学院薬学系研究科博士課程終了。産業技術総合研究所バイオメディシナル情報研究センター、東海大学医学部、イルミナ株式会社を経て、2017年、バリノス設立。取締役に就任。国立成育医療研究センター研究員も務める(写真:稲垣 純也)

 そして同年12月には、次世代シーケンサーで子宮内の菌環境を調べる「子宮内フローラ検査」を開始した。日本はもとより世界でも初めてのサービス内容だ。ゲノム解析を行うベンチャーとして、最初に取り組む対象を生殖医療分野に据えた理由を桜庭氏は、こう語る。

「イルミナ社時代から不妊治療の専門家との交流があり、この領域の需要をいち早く捉えることができた。また体外受精をはじめとした高度生殖医療は自由診療であり、新しい技術が受け入れられやすい土壌もあった。新しい技術を最速で届けるには、この領域は非常に適したフィールドだった」

 日本では晩婚化や晩産化を背景に、不妊に悩む人が年々増加。6組に1組のカップルが不妊治療を受け、体外受精で生まれる子どもは年間5万人を超える。ただし、日本は体外受精の実施数は多いが、妊娠出産の成功率は決して高くないのが実情だ。「不妊治療の進歩は著しいが、それでも不妊の3割程度はいまだに原因不明。完全な受精卵を子宮内膜に戻しても成功率は7割止まりで100%にはならない。その原因不明の不妊要因として子宮内フローラの問題があるのではと考えている」(桜庭氏)。

子宮内フローラ検査の流れ(図:Beyond Healthが作成)

 子宮内フローラ検査は、最新の知見に基づいた、これまでにない検査だけに、不妊治療を行う医療機関からの関心が高く、サービス開始後から導入する医療機関が増え続け、その数は現在90以上に上る。医療機関から送られる検体は、同社のラボで次世代シーケンサーを用いてDNA解析され、2週間ほどで結果が出る。検査費用は医療機関によって異なるが、4~5万円程度が相場だという。「腸内の細菌に比べると、子宮内に存在する菌はごく微量で、解析が難しい。菌量が少なくても安定的に測定ができるよう、試行錯誤を重ねて独自のプロトコールを確立した」と技術開発担当の長井氏は話す。