「災い転じて福となす」となるか

 大きな課題になるのは、やはり遺伝情報を集めることに関する倫理的なハードル。個人を特定する形で、遺伝情報を集めることになり、場合によっては病気のなりやすさなどの情報を含む。雇用の判断と全く切り離されているという保障がなければ、安易に情報を提供しようとは誰も思わないだろう。

 もっとも「次世代医療基盤法」という法律も2018年5月に施行され、匿名化された医療情報を集めることは今後容易になるとみられる。こうした手段を使えば、ゲノム情報や遺伝情報を集めることも原理的には可能。だが、東芝チームは匿名化したデータを使う道は選ばない姿勢だ。「誰の情報かは当然分からない。そうなると問題なのは、提供した人が自分の情報だと特定されるデメリットがない代わりに、医療的なアドバイスを得るなどのメリットを受けることもできない」と米澤氏は説明する。「遺伝情報は個人の所有物ととらえて、本人にその情報に基づく分析の結果も戻るようにする」と言う。東芝は研究目的に限ることを条件にゲノムデータなどを集める方針でいく。

 ドイツの国営放送の取材を受けた際のエピソードを明かしてくれた。取材陣から、東芝のプロジェクトはドイツでは無理だと言われたという。極端なことを言えば、遺伝情報を使って、「がんになる体質であるから、解雇する」といった判断になり得る。そうした介入をさせない仕組みにできるかは重要だ。これは国が抱えている問題でもある。例えば、障害者の差別は法的に禁止されたが、日本ではゲノム情報に基づく差別を禁止する法律がない。今後はそうした法整備が国家の課題にもなると考えられる。

 東芝は、新サービスを模索している。「サイバーフィジカルシステム推進部」と呼ばれる部署でビジネス構築を進めるが、目に見えるプロダクトを作って売るだけではなく、デジタル空間のサービスも事業化しようというコンセプトを込めたモノ。ゼロからのスタートから、東芝は変わろうとしている。「災い転じて福となす」という言葉もある。ゲノムというセンシティブな分野において、東芝ほどの巨大な企業が、大きく経営的に揺れたことが一つのきっかけになって本気になっているのは、もしかすると日本にとっての幸運なのかもしれない。

 次回は、がんゲノムの分野での新たな動きに迫っていく。

(タイトル部のImage:kras99 -stock.adobe.com)