新しい価値を生み出す「ソクラテス」

 実は検査件数を増やしたことで、従来の検査にはなかった価値を生み出すことにもつながることが見えた。大量のデータを蓄積できるようになるからだ。データの持つ意味を分析するための材料を多く得られることを意味している。

 そうした分析のエンジンとなるのが、cBioinformaticsで開発した「ソクラテス」。ゲノムデータを、あらゆる臨床データとひも付けて分析できるようにするもの。遺伝情報とどんな検査結果が関係してくるかは分からない部分も大きい。がんの進行ペースと関係するならば分かりやすいが、性別や年齢、血液検査の値、身長や体重によっても関連は変わるかもしれない。また、薬の効果や副作用などと関係しているかもしれない。そうしたビッグデータの関連性を簡単に分析できるようにしたのだ。

 その成果はこれから見えるが、データが蓄積するほどに、これまで知られていなかったゲノムデータの持つ意味が発掘される可能性もある。

 原点になるのは、2017年に林田氏が慶應大学病院一般・消化器外科内で臓器横断のゲノムプロジェクトを主導するまとめ役になった時の問題意識。世界的にがんのゲノムが重視する動きがあったものの、医療現場がゲノムをどう活かせばよいのか、院内の理解は十分に進んでいるとはいえなかった。ゲノムの情報自体は、ATGCの文字の羅列でしかない。今でこそ、ATGCの情報から、治療につながる遺伝子変異など意味のある情報を見つけ出す「アノテーション」が重要であることが認識されつつあるが、そこまでの段階ではなかった。

 同年には、北海道大学からゲノム診断を専門とする西原広史氏が着任。ゲノムをカルテの情報とひも付け、意味あるものとして利用可能としたい。そんな思いを持っている中、2018年夏に研究室のつてで出会ったのが山口氏。腫瘍内科医ながら、バイオインフォマティクスの事業に着手していた。二人三脚で分析ソフトウエア開発を進めて、その先に生まれたのがソクラテス。林田氏は「マウス操作で、感覚的にゲノムデータと臨床データをリンクできるようにしている。素人でも分かる。論文の図表なども容易に作れる」と説明。IBMも関心を寄せて連携話が動き出している。ウェブ上のクラウドで、ソクラテスを利用可能とするような仕組みが想定されている。「今後、あらゆるデータをミルフィーユのように、どんどん積み上げて分析していく」と山口氏は話す。

cBioinformatics代表取締役の山口氏

 ディスラプティブイノベーション(破壊的創造)は、従来の考え方からは「価値が低い」と見なされるのに、新しい考え方から見ると「従来のものよりも優れた価値を持つ」と位置づけられる新たな技術を指す。この観点からすれば、まさしくプレシジョンラピッドは、完璧を追わず、データ蓄積という観点から、従来よりも優れた価値を生み出す状況を作り出す。これはまさしくディスラプティブイノベーションに他ならない。今後、もしかすると、慶應発の新技術が世界を席巻することもあり得ない話ではない。


(タイトル部のImage:kras99 -stock.adobe.com)