自分自身が自分の心身のボスになる

 まず(1)の市民や患者へのエンパワーについて。何でも医者任せだったり健康に無関心だったりする方々の意識を変えるには、健康維持や生活の改善に楽しみながら取り組めるヘルスケアアプリは有用でしょう。ただ、そうしたアプリは最近いくつか出始めていますが、まだ真にスケール(事業として成長)するには至っていないですよね。

 そもそも、ヘルスケア機器・サービスには、ユーザー向け、プロバイダー向け、そしてユーザーとプロバイダーをつなぐ製品があって、私の印象ですが、日本の開発はプロバイダーに寄り過ぎで、ここの製品開発が突出していると感じています。現状、一番儲かるからでしょう。米国なんかむしろユーザー向けの方が発展している。医療は原則、自由診療で、医療費は高額な上、国民の6人に1人は無保険者などの事情もありますが、やはりユーザーがどうすれば楽しむか、面白がるかという点に重きを置いて精力的に開発している気がします。

武内氏が考える2020年代のイシューは「エンパワー」(図:Beyond Healthが作成)

 日本人の意識の問題に話を戻せば、一つ面白い国際的なデータがあります。「自分の健康を自分でコントロールしている自信があるか」とか、「自分の病気について自らが治療法などの意思決定に関わっているか」との質問に対し、日本のスコアは諸外国に比べて軒並み低い。要は、健康を決める力が自分にないわけです。本来、健康をコントロールするのは医療従事者ではなくて自分自身のはずです。「自分自身が自分の心身のボスになる」という感覚がもっと大事ですね。

 もっとも、市民や患者だけが甘えているのかと言えば、そうではないでしょう。また別の国際比較のデータによれば、「お医者さんに何を聞かれましたか」との問いに対し、日本での回答は病気や仕事、生活習慣のことにほぼ限られます。ですが、ほかの国では家族や住居、お金のことなども聞かれている。医師と患者の間でそれらをトータルに話し合いながら、疾病の管理やその後の治療について決めていくカルチャーが根付いているんですね。日本でも医療者側が患者の自己決定意欲を引き出す努力が必要と言えます。

 健康を自分で守り、維持していくに当たっては、制度上の問題もあるでしょう。日本の公的保険医療保険で「予防」はほとんどカバーされていません。病気になった途端、保険給付を受けられ、公的サポートが分厚くなるわけですから、自分でお金をかけて健康に気を遣うのは馬鹿らしいとか必要ないと感じてしまうことにもなりがちです。

 予防をどこまで医療保険の給付対象とするかは慎重に見定める必要がありますが、例えば歯科に関して言えば、口腔の健康が全身の健康に大きな影響を及ぼすことは既に明らかなので、質の高いメンテナンスや口腔管理は一部医療保険でみるとかの工夫があっていいのではと感じています。ただし、そんな変更を加えたところで、一部のヘルスリテラシーが高い人しか活用しない可能性があるため、多くの人たちが自然と予防歯科に関心を持つ仕掛けづくりも重要です。

 私は、これから、「ヘルスケア・オーラル・シティ」と銘打って、口の健康に力を入れる都市が出てくることを構想中です。何をするかというと、幼稚園やレストランに歯間ブラシやデンタルフロスを置いたり、大学と企業の力を借りてオーラルヘルスの未来予報ができるアプリを作ったりして活用する。アプリは、疫学データを使って、口腔管理の度合いに応じて、将来、歯周病になるリスクがどれだけあるかをわかるようにするというものです。

 ほかにも、市民や患者向けのエンパワーとしては、食育や子供のころからの健康教育の充実が欠かせないと感じています。

 食育に関しては、食に関する知識が豊富になれば健康を考えた食事選びが期待でき、健康意識の醸成にもつながります。ですが、私が昨今の食事情を見て特に気がかりなのは、外で食べるときの食事代が非常に安くなっている点。デフレの影響で価格競争が激化し、提供側が低コストで少しでも質のいいものを出す努力をされているのは分かるけれども、限界があって、かなり安価な弁当で体にいいものが取れるはずはない。「安かろう、うまかろう」はあるけれど、「安かろう、質が良くて健康によかろう」というのはなかなか両立し得ない。結局、安いけど、それなりのものでお腹を満たしてしまっている状況があると思います。

 これは非常に問題です。大人になってからそういう食生活を送るのは仕方ない面もあるけれど、幼少期から単にお腹を満たすだけの食事しか取れないと、健康づくりへの意識なんて芽生えません。韓国・ソウル市内の全ての小中高校では2021年からオーガニック給食を全面導入するとの報道がありましたが、日本もそんな「給食革命」をやらないと、大げさではなく、将来、禍根を残すのではないかと思います。

 子どものからの健康教育に関して言えば、日本の現状は諸外国に比べてお寒い限り。小中高の保健体育や理科・生物の授業で、体の仕組みをちょっと学ぶ程度。より良い健康のための意識のあり方や個人衛生の維持方法、社会保険制度などを教わる機会はほぼ皆無です。自分が健康を守るというのはどういうことだとか、安易に医療機関にかかれば財政にしわ寄せが行くなど、基本的なことは知っておいてもらうべきです。