厚生労働省で医療・介護分野などの政策企画立案を22年担当してきた武内和久氏。その後、コンサルティング会社勤務などを経て政治の世界に挑むも辛酸をなめた。今は福岡の地で企業経営者を務める傍ら、ヘルスケアに関する革新的な提言を続けている。元官僚として、国が旗を振り過ぎる弊害も見て取ったという同氏が考える2020年代の「ヘルスケアイシュー」とは——。

(聞き手は庄子 育子=Beyond Health)

ONE・福岡の武内氏(写真:荒川 修造)

 私は2020年代のヘルスケア分野のイシューは、「エンパワーをどれだけ進められるか」だと思っています。エンパワーは、力を与える、とか力付けるという意味。日本は公的医療保険や介護保険の制度がしっかりして、守られていることもあり、その分、各プレーヤーが本来持っている力を引き出す要素が非常に弱いのではないか、と感じています。

 例えば、日本人は医療にかかったら、医師の言うことを聞いていればいい、普段の健康も日本食は健康にいいからそれを食べていればいいといった感じじゃないですか。自分で意識してヘルスケアを最適に維持するといった発想がまだまだ弱い。皆がそんなお任せや受け身の姿勢のままでは、これからの時代を乗りきるのは難しいでしょう。私は、全ての人が自分で力を持って物事を動かしていく方向に進んでいかなければならないと思っています。

 人はどうすれば「やる気」がみなぎるのか。米国の作家、ダニエル・ピンク氏は人を動かす動機づけ(モチベーション)には3つのレベルがあるとしています。「モチベーション 1.0」は生存本能に基づく動機づけ、「モチベーション 2.0」はアメとムチで駆り立てられる動機づけ、そして「モチベーション3.0」はワクワクする自発的な動機づけです。社会システムの多くは、「アメとムチ」の原理を前提としていますが、これからの時代はモチベーション3.0が重要です。健康づくりも、誰かに言われて、ではなく、楽しみながら行う。いわば「FUN HEALTH」ともいうべき考え方です。

 個々人が、それが面白いから、それが重要だから、それが世界に貢献するからといった理由で自ら取り組むようになれば、活気ある社会へとつながっていくはずです。たとえ今はどんな状況でも、全員に力がある。そのためにはエンパワーが欠かせません。

 では具体的にどんな風にエンパワーを進めていくべきなのか。私は、(1)市民や患者、(2)ヘルスケアサービスの従事者・プロバイダー、(3) 街・コミュニティー――へのエンパワーが必要だと感じています。

自分自身が自分の心身のボスになる

 まず(1)の市民や患者へのエンパワーについて。何でも医者任せだったり健康に無関心だったりする方々の意識を変えるには、健康維持や生活の改善に楽しみながら取り組めるヘルスケアアプリは有用でしょう。ただ、そうしたアプリは最近いくつか出始めていますが、まだ真にスケール(事業として成長)するには至っていないですよね。

 そもそも、ヘルスケア機器・サービスには、ユーザー向け、プロバイダー向け、そしてユーザーとプロバイダーをつなぐ製品があって、私の印象ですが、日本の開発はプロバイダーに寄り過ぎで、ここの製品開発が突出していると感じています。現状、一番儲かるからでしょう。米国なんかむしろユーザー向けの方が発展している。医療は原則、自由診療で、医療費は高額な上、国民の6人に1人は無保険者などの事情もありますが、やはりユーザーがどうすれば楽しむか、面白がるかという点に重きを置いて精力的に開発している気がします。

武内氏が考える2020年代のイシューは「エンパワー」(図:Beyond Healthが作成)

 日本人の意識の問題に話を戻せば、一つ面白い国際的なデータがあります。「自分の健康を自分でコントロールしている自信があるか」とか、「自分の病気について自らが治療法などの意思決定に関わっているか」との質問に対し、日本のスコアは諸外国に比べて軒並み低い。要は、健康を決める力が自分にないわけです。本来、健康をコントロールするのは医療従事者ではなくて自分自身のはずです。「自分自身が自分の心身のボスになる」という感覚がもっと大事ですね。

 もっとも、市民や患者だけが甘えているのかと言えば、そうではないでしょう。また別の国際比較のデータによれば、「お医者さんに何を聞かれましたか」との問いに対し、日本での回答は病気や仕事、生活習慣のことにほぼ限られます。ですが、ほかの国では家族や住居、お金のことなども聞かれている。医師と患者の間でそれらをトータルに話し合いながら、疾病の管理やその後の治療について決めていくカルチャーが根付いているんですね。日本でも医療者側が患者の自己決定意欲を引き出す努力が必要と言えます。

 健康を自分で守り、維持していくに当たっては、制度上の問題もあるでしょう。日本の公的保険医療保険で「予防」はほとんどカバーされていません。病気になった途端、保険給付を受けられ、公的サポートが分厚くなるわけですから、自分でお金をかけて健康に気を遣うのは馬鹿らしいとか必要ないと感じてしまうことにもなりがちです。

 予防をどこまで医療保険の給付対象とするかは慎重に見定める必要がありますが、例えば歯科に関して言えば、口腔の健康が全身の健康に大きな影響を及ぼすことは既に明らかなので、質の高いメンテナンスや口腔管理は一部医療保険でみるとかの工夫があっていいのではと感じています。ただし、そんな変更を加えたところで、一部のヘルスリテラシーが高い人しか活用しない可能性があるため、多くの人たちが自然と予防歯科に関心を持つ仕掛けづくりも重要です。

 私は、これから、「ヘルスケア・オーラル・シティ」と銘打って、口の健康に力を入れる都市が出てくることを構想中です。何をするかというと、幼稚園やレストランに歯間ブラシやデンタルフロスを置いたり、大学と企業の力を借りてオーラルヘルスの未来予報ができるアプリを作ったりして活用する。アプリは、疫学データを使って、口腔管理の度合いに応じて、将来、歯周病になるリスクがどれだけあるかをわかるようにするというものです。

 ほかにも、市民や患者向けのエンパワーとしては、食育や子供のころからの健康教育の充実が欠かせないと感じています。

 食育に関しては、食に関する知識が豊富になれば健康を考えた食事選びが期待でき、健康意識の醸成にもつながります。ですが、私が昨今の食事情を見て特に気がかりなのは、外で食べるときの食事代が非常に安くなっている点。デフレの影響で価格競争が激化し、提供側が低コストで少しでも質のいいものを出す努力をされているのは分かるけれども、限界があって、かなり安価な弁当で体にいいものが取れるはずはない。「安かろう、うまかろう」はあるけれど、「安かろう、質が良くて健康によかろう」というのはなかなか両立し得ない。結局、安いけど、それなりのものでお腹を満たしてしまっている状況があると思います。

 これは非常に問題です。大人になってからそういう食生活を送るのは仕方ない面もあるけれど、幼少期から単にお腹を満たすだけの食事しか取れないと、健康づくりへの意識なんて芽生えません。韓国・ソウル市内の全ての小中高校では2021年からオーガニック給食を全面導入するとの報道がありましたが、日本もそんな「給食革命」をやらないと、大げさではなく、将来、禍根を残すのではないかと思います。

 子どものからの健康教育に関して言えば、日本の現状は諸外国に比べてお寒い限り。小中高の保健体育や理科・生物の授業で、体の仕組みをちょっと学ぶ程度。より良い健康のための意識のあり方や個人衛生の維持方法、社会保険制度などを教わる機会はほぼ皆無です。自分が健康を守るというのはどういうことだとか、安易に医療機関にかかれば財政にしわ寄せが行くなど、基本的なことは知っておいてもらうべきです。

介護事業者は売り上げの3%を人材投資に回す、そんな制度化も

 次に、(2)のヘルスケアサービスの従事者・プロバイダー向けのエンパワーですが、医療にせよ介護にせよ、これだけ保険財政が厳しくて人手も不足している状況では、そこで働く人たちの能力を目一杯発揮していただくと同時に、機能をもっと進化させていくことが欠かせません。その意味で、医師の業務を他の医療職に移すタスクシフティングはぜひ推進するべきです。

(写真:荒川 修造、以下同)

 例えば、米国には「ナースプラクティショナー」(NP)と呼ばれる看護師たちがいます。医師の指示がなくても一定の診断や治療、薬の処方を行うことが認められていて、医師と看護師の中間にあるような存在です。米国でNPの存在はごく一般的で、NPがまず患者と接して対処するというのが非常に徹底されています。それで医師の負担が減り、医師でしかなしえない業務に集中できるようになっています。一方、日本では医師不足などを背景にNPの制度化を求める声は高まりつつも、実現には至っていません。ですが、日本でも医療界を進化させる方策として看護師の役割をもっと広げることも議論すべきでしょう。

 役割の見直しは薬剤師も必要です。6年の教育を受けて医学的な知識も一定程度あるのにひたすら調剤しているのは本当にもったいない。

 私は以前、フィンランドの薬局を見てきたのですが、そこで働く薬剤師は約9割の時間を顧客へのカウンセリングや教育に使っていました。ブースの中で、薬のこと以外にも様々な生活面の相談に応じているんですね。投薬については、欧米では小包装製品の「箱出し調剤」が主流なので手間はかからず残り1割程度の時間で済むわけです。ほかにも地域住民への健康教育に熱心で、公衆衛生分野の活動に力を入れているのが印象的でした。そういったことを日本の薬局薬剤師もやるべきです。すると患者や市民のエンパワーにもつながるメリットがあります。

 このほか、介護従事者へのエンパワーも欠かせません。慢性的な人材不足が続く介護業界ですが、その最大の要因は、そこで働きたい、働き続けたいと思わせる魅力に欠けている点だと感じています。魅力あふれた職場であるためには、介護職が成長できてキャリを築ける環境を整えることが重要です。

 ですので、例えば、介護事業者は売り上げの3%を必ず人材投資に回すことを制度化してしまうという方法もあるでしょう。今は人材を使い捨てる業界だとのイメージがまだまだ強いので、そういうルールを入れて必ず人材を育成する産業だという風に変えていかないと。フランスはこうしたやり方を既に法制化しています。

元官僚として抱く少々複雑な思い

 (3)の街・コミュニティーへのエンパワーについては、少し唐突な話をしますが、私は、2019年に出馬した福岡県知事選挙の過程で県内全市町村をくまなく回った際、弱体化している自治体をたくさん見ました。産業がない、仕事がない、人がいない、もちろん子供もいない、そしてお金がない――。そんな自治体が県内60市町村のうち半分以上占めていた印象です。日本全体ではそういうところが相当なボリュームになっているわけですから、エンパワーに当たっては大胆な地方優遇策を取り入れるべきだと感じています。

 例えば、政府の「国家戦略特区」(特区)制度の運用方法の見直し。特区は規制緩和を地域限定で進めるものですが、認定要件のハードルが高く、弱っている自治体にはかなり使い勝手が悪い。そこで、優遇策として、「届け出制」にして、要件も緩めるなど、柔軟な運用を認める。

 この見直しに合わせ、届け出の際にはその地域で住民投票制みたいなものを取り入れてもいいかもしれません。現行制度では、国は特区の認定に当たって、それをやると公平性が保てないとか、公衆衛生上問題があるだとか、様々な理由を付けては特区提案をつぶしにかかりがちです。けれど、住民投票をして、「その地域がいいと判断を下したものはやってもらって構わない、その代りリスクも負ってもらう」という具合に特区自体の仕組みを大きく変える。

 住民投票以外にも、規制改革に関して私はもっとグローバルな基準を導入するべきではと思っています。ほかの国でできているのに日本ではできないものがある。それを特区提案する際には、なぜやるべきだと考えるかの立証責任を提案者側が負い、対して規制官庁などがケチをつけてくる。けれど、少なくとも先進国でやっているところがあるのだったら、なぜ日本でできないか、つまり「グローバル・ベンチマーク」の仕組みを入れ、できない立証責任を規制官庁側が負えばいい。そんな風に考えています。

 この先、どの街・コミュニティーでも取り組んでおくべきなのは、地域全体で高齢者や障害者、認知症当事者やその家族らを支えられる体制づくりでしょう。団塊の世代が75歳以上になる2025年が迫る中、医療や介護のニーズはますます高まり、医療機関や介護施設だけで十分な対応はしきれないのですから。地域で見守るなどとよく言いますが、みんながケアに何らかのかかわりをしていかないと。

 面的にサポートする人たちをどんどん増やしていく意味で、福岡市では今、認知症のケア技法である「ユマニチュード」を全面的に市民に広げる活動を展開中です。もともと2016年度から介護施設職員や家族介護者らを対象にこの技法を用いた研修や講習を行ったところ、効果の程がわかり、まちぐるみの対策としたわけです。一般市民に加え、市内の小中学校への研修も始めています。ベースを認知症対応とかにしておかないともうやっていけない時代はすぐそこですので。

 最後に、ここまでずっとエンパワーの話をしてきましたが、元官僚としては少々複雑な思いもあります。冒頭述べた通り、日本の公的医療保険や介護保険の制度はしっかり作られていて、世界的に見ても高いレベルなのは間違いありません。けれど、制度をきめ細かくつくり上げてしまったことが個々のプレーヤーのパワーを奪ってしまった。すなわち、診療報酬体系に乗っていれば生きていけるプロバイダー、その人たちを信用して安価で頼っていれば健康を維持できた患者・市民、お金が足りなくなればその都度公費が投入され、何とか回し続けることができた保険財政みたいなものを作ってしまった面はないか、という問いです。

 都市化政策や住宅政策も相まって、日本古来の、家族の力、地域のつながりの力を弱めた面がないか。「サービスが社会化」されたことでいい面もあるが、そういうものもつくり上げてしまったがためにエンパワーの逆、スポイルが起きてしまっている。スポイルはダメにするという意味ですが、これは非常に皮肉なパラドックスだと感じています。

 もっとも、今の厚労省もこのままでいいとは思っていないはず。現に、患者の意識改革を目指して、「上手な医療のかかり方」の検討会を開いたり、ポスターは炎上騒動を起こしたものの、その後粛々と「人生会議」の普及啓発に取り組んだりしているのだから。患者や市民も医療の「受け手」としてサービスを享受するだけでなく、主体的・能動的に関わっていく姿勢を重視しているのは、私の思いと同じです。

 ともあれ、誰もがフルパワーを発揮できるよう、目指すは個々人の潜在力開花。そのためのエンパワーです。日本人は、トップダウンではなく、個々人の力を大事にしながら、補い合ってきた国、社会です。人間観として、自分の持っている潜在力を最大限に開花させること、そしてそれが他者の役に立つこと。この基本線を取り戻して、世界に誇れるような少子高齢社会、健康社会づくりにチャレンジしたいと考えています。 


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