慶應義塾大学環境情報学部教授、データサイエンティスト協会理事としてデータ×AI時代に即した人材育成に注力する傍ら、ヤフーCSO(チーフストラテジーオフィサー)として全社横断的な戦略課題の解決、事業開発に携わる安宅和人氏。一方で、内閣府の総合科学技術イノベーション会議(CSTI)基本計画専門調査会委員や数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度検討会副座長など様々な政府関連の活動にも力を注ぐ。そんな同氏に、未曾有の超高齢社会を迎えた日本において、これから議論やコンセンサスを深めていくべき「イシュー」は何かを聞いた。

(聞き手は塚崎 朝子=ジャーナリスト)

慶應義塾大学環境情報学部教授/ヤフーCSOの安宅氏(写真:川島 彩水、以下同)

安宅先生が考えるヘルスケア領域のイシューとは何でしょうか。

 イシューとは、その局面で答えを出すべき課題です。しかもドメイン知識がしっかりあった上で、主語が何かがはっきりしないと特定できません。確かにもともとはヘルスケア分野の研究者ではありますが、この領域を俯瞰しきれているわけではありません。また主語のないイシューというのは見極めようがありません。なので正直お答え困難ですし、尋ねられる相手として僕が適任なのかよく分かりません。という前提の上で少し考えてみたいと思います。

 課題解決は病気を治し健常状態に戻すようなもの(A型)と、どういう姿を作るべきなのかを設定しないと解けないもの(B型)の2タイプあります。

 ヘルスケア領域自体が健常な状態なのか、という(A型的な)視点で見ると、ブラック労働環境と言われながらも医療レベルはいまも世界的には高い一方、「(1)システムをrunし続けることが社会経済的に無理になりつつある」こと、また「(2)人口分布の変化に応じた需要対応力が足りていない」ことが大きな問題ということは私のような門外漢から見ても明らかに思われます。この二つは絡み合っているものの、かなり独立した課題で、それぞれについてヘソというべき課題があるはずです。

 (1)すなわち社会経済的にシステムを回すことが無理になりつつあること、については、需要自体の中にある大きな改善余地の見極め、単価設定、社会全体としてのリソースマネジメントの三つに切り分けることができます。素直に考えれば「このどれが本当のところ重大な問題なのか」が最初に考えるべきことでしょう。もし等しく課題であれば、すぐに効果が出るものに着手しつつ、足が長いものにも何らかの手当をすべきです。

 (2)すなわち人口動態に合わせた需要供給力が間に合っていないことは、様々なことから明らかに思われます。現在は医療ニーズが集中するシニア層の多くが都市部以外に住まれています。結果、救急需要がこの数十年激増し、医療機関が遠いことも重なり、どんどん病院への到着時間が伸び、治るはずの健康トラブルも治らない、場合によっては死に至るリスクが高まっています。これについては、「このような非都市部において圧倒的に社会システムへの負荷が低くQOLを守る仕組みをどうやって構築するか」が恐らく最大の課題だと思います。

若者と未来への予算がひたすら削られている

 あるべき姿の視点(B型的なアプローチ)からも考えてみましょう。これについては「2025年、2030年の日本のヘルスケアシステムとして、そもそもどういう状態があるべき状態なのか」は恐らくもっと本質的な課題で、これ自体がよく分からないまま個別の案件ばかり議論していることが大いなる問題であると思われます。というのは、なんとなく「A型的な今が回らないのをどうしよう?」的な課題解決論ばかりになっているように見えるからです。このあるべきシステムを検討し、整理することは相当緊急度が高い案件であると思われます。

このような状態を念頭に置いた上でみると、日本の最大の課題は何でしょうか。

 日本という「系」全体となると、当然1つではありません。

 そもそもどういう勝ち筋であるべきなのか、本当に霞が関でよく聞くようなものづくりの復活みたいなことなのか、大企業が腕まくりをすれば勝てるのか、というレベルで大きく間違っているので、それをいかに是正するかというのが1つ目。

 次にその本来あるべき勝ち筋の実現のために必要な人がどういう人たちなのか、という創るべき人物像がそもそもこれまで目指してきた像とはかなりかけ離れているので、これをどう是正するか、というのが2つ目。

 この必要になる人の育て方が今までとは全く違う形で育てないと育たない。それをどう実現するか、というのが3つ目。

 以上の実現のためにどのようにリソース配分を見直さなければならないのか、それをどう実現するかというのが4つ目です。さらにどのような社会を目指していくべきかという大きな課題もありますが、一旦脇に置きたいと思います。

安宅氏が考える2020年代のイシューの1つは「リソース再配分」(図:Beyond Healthが作成)

 4つ目のリソース配分課題については、我々の恩人であり国家功労者であるシニア層および過去に国家のリソースの大半が投下されているにもかかわらず増大が止められず、結果、若者と未来への予算がひたすら削られていっていること、が最大の問題です。

 2016年予算を例に取ると、国家の一般会計は100兆円規模ですが、社会保障関連費用が3分の1(約32兆円)、4分の1(約24兆円)が過去の社会保障給付費と言うべき国債の支払い、地方交付金が15兆円ほどあり、これら以外は26兆円(約4分の1)しか残らない状況にあります。ここから教育費用も科学技術的な研究予算も出ていますが、毎年約1兆円ずつ増える社会保障費の増大に圧迫され、ひたすら削られる流れにあります。

社会保障費の数%の見直しで十分

 社会保障給付費は本来社会保険料およびその運用の70兆円余りで支払われるべきですが、総和としては見ると120兆円ほどあり、45兆円余りを補填しなければいけない状況です。これが上の補填の30数兆円と、地方交付金の大半に当たります。

 QOLを守りつつも社会保障費用の全体の増大を抑制することで未来のために必要な額を捻出し、未来の世代、この社会の未来のために張らなくてはならないという見解です。

どんな解決策が考えられますか。

 解決策以前に、まずは一体何にどのぐらい必要なのかを整理する必要があります。私の計算では年間数兆円、社会保障給付費の2~3%あれば十分です。社会保障費を半分にしろというような話ではありません。詳しくは今度出す新著『シン・ニホン』(NewsPicksパブリッシング)をご覧ください。

 次に、そもそもちゃんと未来にリソースを張るんだ、我々はこれからの世代のために残すに値する未来を残すのだ、我々は座して滅びはしないということを社会全体として決意する。言葉だけとか上っ面だけでなく、リソース配分を見直すことを本当に決意し、時間的、量的なターゲットも含めて明確に打ち出すことです。

 その上で、QOLを極力下げない形であらゆる知恵を絞って数%の社会保障費の見直しを行う。このぐらいの見直しはあらゆる経営で行うことなので、優秀な政治家や霞が関の人たちならいくらでもアイデアを出せるのではないでしょうか。私のような部外者が知恵を出す必要があるようなことだとは正直思えないです。

はい。が、なにか頭出しだけでもお聞きできると。

 普通に考えられることをいくつか述べたいと思います。知恵の問題ではありませんが……。

 第一にデータドリブンにどこに改善余力があるかを見極めるべきです。例えば、国立情報学研究所長であり、東京大学生産技術研究所教授でもある喜連川優先生の研究室で構築された日本の全ての「レセプト情報・特定健診情報」を解析できるプラットフォームを用いて、自治医大、医療経済研究機構らのチームが解析したところ、年間約9000万件の抗菌薬(抗生物質)の処方のうち、半分以上が通常は抗菌薬が不要な感染症に処方されていることが分かり最近発表されました。その上、抗菌薬が必要なケースにおいても、薬剤耐性菌が出やすい不必要に抗菌スペクトルが広いものが処方されていることが明らかになっています。これだけで恐らく年間数千億の改善余地があると推定されます。このようにデータに基づいて、まとまった無駄を1つずつあぶり出し、それを解決していくことを徹底すべきです。

* Hashimoto H. et.al, “Indications and classes of outpatient antibiotic prescriptions in Japan: A descriptive study using the national database of electronic health insurance claims, 2012–2015” International Journal of Infectious Diseases 91 (2020) 1–8

 第二に現在の富の生まれ方の変化に沿った社会全体のリソース再配分の仕組みを埋め込むことです。

 この10年余り、世界的に富の創出はGDP(国内総生産)、すなわち付加価値の総和ではなく、新しい事業を生み出したり、イノベーションを引き起こすことで生まれる株式などの資本からの創出が中心になってきています。例えば、日本の場合、2008年から2018年の間GDPは確かに増えていませんが、企業価値の総和は1.7倍に増えています。単なる事業スケールから富が生まれる時代は終わりつつあるのです。留意事項としては、これらのマーケットキャップ(market capitalization:企業価値)的な富は通常の方法では一切課税されませんし、する方法もないということです。

医療費にも「松竹梅」の視点で差をつけること

 この新しい富を持つ人達の名誉を守り、彼らに過度の負担を生み出すことなく、どのように還流させるかの技と仕組みが必要です。その最もシンプルで効果があることが分かっているのが、寄付をしやすくすることです。株、土地、仮想通貨などの現金以外の資産で持っているものを納税する必要なく寄付することができる仕組みが重要です。例えば、米国では伝統ある名門大学の収入を支えている最大の要因は投資運用益で、原資は個人や法人からの寄付とその運用益から生まれた巨大な基金です。これを生み出し得るための税的な配慮と促す仕組みが必要だということです。

 3つ目に、コストはもちろんのこと、あらゆることの前提を疑ってみることも大切です。ヘルスケアでいえば、バリアフリーの環境はけがを予防し、高齢者に適しているとされます。しかし、実際はバリアフリーな道は認知症を引き起こしやすくなるという話を、米国を代表するメディカルスクールの足の専門医からお聞きしたことがあります。低コストのソリューションはこのように相当量存在するはずです。

 それに比べると小さな努力ですが、調達の見直しも徹底的にして、例えば10万円以上の購買には全て相見積もりを義務付けるようにする。こうしたことを規律化するだけで、コスト意識に対する効果が生まれます。

 4つ目の視点としては、医療費にも「松竹梅」の視点で差をつけることです。医療は、高度なスキルを持った人によるプロフェッショナルな仕事です。こうした仕事は、弁護士でもコンサルタントでも、経験やスキルにより報酬に100倍近く差があることが普通です。しかしながら、医療は誰が診ても一律で同じ点数です。

 なので高度医療、高度な診断能力が必要のない状況でも、高コストな人や設備を抱える大学病院や大病院に人が殺到して見えない価値が消え去っている上、国家的には不必要にコストが発生しがちです。公的医療保険は「治る」という最低限、梅レベル、を手厚く保障する。それ以外は、航空運賃のファーストクラスとエコノミークラスのように差を付けて、それに見合った報酬にするとともに、この梅部分以外の経費は基本自己負担化すべきです。

理想としているは「極相林」のような社会

 自動化できるものは徹底的に自動化することも重要です。例えば、先述した抗菌薬の処方ですが、全てデータベースで管理して自動でガイダンスするようにすれば、不適切な処方は急激に適正化するのではないでしょうか。

どちらも効果はありそうです。

 さらに2つ、コストを増やすかもしれませんが、QOL(生活の質)に貢献できる解決策があります。

 1つは、65歳で一斉に定年というのは改め、亡くなる直前まで望む人は働くことができる社会にするということです。日本人の生命表を見ると、80歳の時点で女性は8割、男性も6割が生きています。晩年の2~3年は病気がちになるのですが、その前は1日1時間でも働けば、誇りを持って幸せで楽しい日々を送れるでしょう。

 もう1つ、日本の医療費は、キュア(治療)とケアだけに注がれていますが、もっと予防に用いるべきです。もっともこれで寿命が延伸するので、医療の削減にはつながらないかもしれません。しかし、高齢になっても仕事を続けられれば、QOLは高まる上、社会保険料を払う側にもなります。

 私が理想としているのは、「極相林」のような社会です。これは、完全な原生林の最終状態で、100年以上たった老木、巨木もあれば幼木あって、林全体として安定している状態です。極相林は理論的な存在で実際にはダイナミックに変わるわけですが、それでもいまの65歳で一斉に伐採する社会よりは遥かに豊かで安定感のある社会だと思います。

大学教授と一部上場会社のCSOというハードワークをこなしながら、新著『シン・ニホン』を含めて、精力的に社会に仕掛け続けるモチベーションは何ですか。

 かなりの数の公職を含め20ほどの役割をこなしています。50歳を過ぎ、バリバリと働ける時間は恐らく残り15年ぐらいではないかと考えています。この社会もそうですが、自分にもそれほど長い時間がもう残されているわけではないのです。

 人間が不幸な未来を想像する力を持っているのは、とても大事なことで、悪いことではありません。このまま進めば不幸になると予測できれば、それを避ける方法を考える。クルマにひかれないように歩くのと同じで、不幸な未来をいかに避けるかを考えて、仕掛けていく。手なりで考えられる未来が相当に良くないということは、何を仕掛けても今より良くなる可能性が高いということです。未来に向けて、少しでも意味があると思われることを仕掛け続けることで、少しでもましな未来を残していければ、そう思っています。

(タイトル部のImage:kanzilyou -stock.adobe.com)