多くの人が身近に接するバイタルデータの一つといえる「血圧」。循環器疾患の発症リスクを左右するデータでもある。しかし、測定結果に基づく事後指導では、その確実なコントロールは期待できない。高血圧領域の第一人者である自治医科大学教授の苅尾七臣氏は、時系列データを基に血圧変動を予測しイベントの発生を事前に回避する「予見医学」の可能性を訴える。

(聞き手は荻原 博之=日経BP 総合研究所)

高血圧領域の第一人者である、自治医科大学教授の苅尾七臣氏(写真:新関 雅士)

脳卒中や心筋梗塞など循環器イベント(重大事象)の発生を予防するにはこれまで考えられてきたように血圧をコントロールするのが最も望ましいのですか。

 はい、そうです。循環器イベントは、動脈硬化の進展で血管壁にプラークが生じ、そこが破たんし血栓が形成されたり血管が破れたりすると、前触れなく発生します。「循環器疾患は1日にしてはならず、しかし発症は非連続」と言われるのは、そのためです。プラークの破たんを引き起こす力のうち最も影響の大きなものが、血圧なのです。

 血圧はエビデンスが確立したリスク因子です。収縮期血圧で20mmHg、拡張期血圧で10mmHg上昇すると、循環器疾患による死亡率は倍に増えるという研究成果も報告されています。反対に、血圧は下げれば確実に効果が表れます。しかも、下げる方法は問いません。降圧薬による治療でも、食事や運動など生活習慣の改善でも、住環境の見直しでも、何でもいいのです。さらに、体を傷つけることなく非侵襲的に測定できますから、だれでも自分で測定可能です。ヘルスケアのマスターバイオマーカーと言えます。

しかし現実には、重要な指標であるにもかかわらず、循環器イベントの発生予防にその血圧が十分に生かされているとは言えません。何が問題ですか。

 これまで多くの疫学・臨床研究によって、高血圧や糖尿病などリスク因子を持つ場合、循環器イベントの発生確率がどの程度高まるか、統計的に算出できるようにはなりました。しかし患者一人ひとりに関して、循環器イベントが、いつ、どこで発生しそうか、予測することはできませんでした。

 そのため、臨床の現場では測定値に基づく事後指導にならざるを得ませんでした。循環器イベントの発生リスクを示し、生活習慣などで気を付けるべき点を伝える程度に終始してきました。また「クリニカルイナーシャ(臨床的惰性)」の問題も指摘されています。治療目標を達成できていないにもかかわらず、医師も患者も治療の強化に乗り出そうとしないのです。適切にコントロールさえすれば血圧は下がるとわかっていても、実際に目標値まで落とせるのは、3人に1人の割合にとどまっています。