新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界経済に大きな影響を及ぼしている。医療現場でも制約が生じ、遠隔医療など新しい医療体制の必要性への認識が高まる。現在の混乱が終息した後には、危機に強い社会構築が従来以上に強力に進められる可能性はある。新しい価値観の中でどう事業の未来像を考えていくとよいだろう。本特集では、インドという日本とは異質な社会で事業を始めたり強化する人や組織の動きをリポートする。

インドの医療現場で経験をした人に日本語の研修を実施(写真:NAVIS)

 13億人超と世界2位の人口を誇るインドは、2030年には中国を抜いて世界最大の人口国になるとみられている。若い世代を中心に医師や看護師など医療人材が豊富な一方、公的保険が未整備で医療機器の普及も進んでいない。急性下痢症をはじめとする感染症に加え、糖尿病や呼吸器疾患など慢性疾患の患者も多く、今後ヘルスケア需要の増大が見込まれる。しかし言語や文化、商習慣等の障壁は大きく、事業リスクも高い。これから連載していく記事は、COVID-19の拡大が本格化する前に取材したものだが、そこからは、新しい価値観の中でビジネス構築に挑む知恵をどう働かせるかのヒントがあると考えている。

 最初は、インドのヘルスケア人材を日本に紹介し、日本の介護や医療の人手不足に対応させようと動くインド発の人材企業、NAVISを取り上げる。代表のラジクマール・サンバンダム氏と統括責任者の大木幹雄氏に話を聞いた。

 NAVISでは上写真のように日々、インドで医療現場を経験した人に日本語の研修をしている。日印は政治関係が良好ながら、英語圏と比べると言語面での壁もあり、インド人の日本での就労は一般的とはいえなかった。そこに大きな変化が起きているのだ。2017年10月、日本とインドとの間で「日本国法務省・外務省・厚生労働省とインド技能開発・起業促進省との間の技能実習に関する協力覚書(MOC)」が締結され、外国人技能実習制度を通じて、インドからの技術実習が初めて可能になった。インド人が3~5年間、日本で技術実習を受けられるようになったのである。2019年には200人程度が来日している。

 2017年のMOC締結と同時に、技術実習の対象職種の拡大も行われた。インド以外の国も含め、新たに技術実習を可能とした職種が介護だった。この制度変更を受け、インドの看護師を日本に介護人材を紹介する事業を広げようと、NAVISは日本へ送り出すインド人材の研修に力を入れる。代表のサンバンダム氏は、2002年にインドで日本にIT技術者を紹介する事業に着手。2017年に日本で会社を設立し、2019年から介護人材としてインドの看護師の紹介を開始した。既に30人近くの看護師を日本の施設に介護人材として紹介している。

人材大国インド、医療従事者も日本の2~4倍

 サンバンダム氏は、「インドといえば、カレーと情報技術というイメージを持たれるが、重要なのは人材大国であること」と強調する。グーグルやマイクロソフトのトップがインド人であるように世界的な企業でインド人の経営者が活躍しているが、そうした経営層にとどまらず、世界に目を向けるとインドは巨大な人材供給国だ。国際移民機関のデータによると、2019年世界の移民の出身国としてインドはトップの1750万人。2位メキシコの1180万人と比べて約1.5倍、3位中国の1070万人の約1.6倍にもなる。

 そうした中で、あまり知られていないのが、ヘルスケア人口も大きいという事実。経済産業省の2018年のデータによると、インドの医師数は107万人に上る。2016年末の時点で日本の医師数は約30万人なので3倍以上も存在することになる。なお、インドで医師となるには、医師免許に当たるMBBSを取得し、医師として登録されている。その他の医療従事者も、それぞれ専門職種の評議会があり、規定の教育を受けた上でそれぞれの評議会に登録されることになっている。

 医師以外の医療従事者数もインドは日本の2~4倍に上る。薬剤師は97万人、歯科医師は29万人。看護師に至っては299万人。日本では、薬剤師は約23万人、歯科医師は10万人、看護師と准看護師が合計で約155万人となる。

NAVIS代表のラジクマール・サンバンダム氏(写真:飯塚 寛之)

 サンバンダム氏はもともと医療人材を日本に紹介する事業に可能性を感じていたという。「日本にいると、いつも自分が一番若かった。しかし、インドに戻ると自分の年齢が一番上。日本は高齢社会になっていたが、インドはすごく若くてダイナミック。日本へとインドの若い医療人材を連れてくれば、介護の人材不足を補えると考えていた」と振り返る。

 インドの人口の半分は25歳以下だ。その人口は約6億人。日本の人口を上回る若い人材がインドには存在する。医療人材も年々増える。サンバンダム氏は、「インドは宗教的に笑顔を大切にし、家族を大切にする。大家族で、若い人が年寄りの世話をするのは当たり前だ。インドの人材は能力の高い人も多く、ヘルスケアの分野でも将来性はある」と指摘する。

 前述の通り2017年の制度変更でインドから日本への介護人材の技術実習が可能となった。「インドも初、介護も初」と、サンバンダム氏は動き出す。考えたのは、インドの看護師を日本の介護人材として紹介することだった。「介護でもしっかりしたクオリティーにしたいと考え、事業のルールとして看護師を紹介することにした。学校を卒業し、インドの医療現場で経験をした人に日本語の研修を実施。その上で、日本の施設に紹介する形を考えた」と説明する。

看護師の技術で介護の課題を解決

 サンバンダム氏は単純に看護師を紹介して提供先の介護サービスの向上につなげるばかりではなく、提供する看護師側の技術の向上も視野に入れている。「日本は高齢化社会にいち早く突入しており、いわば最先端」(同氏)。インドにはない課題があり、先進国の施設でインドでは得られない技術やノウハウを身につけられるところを重視しているのだ。

NAVIS統括責任者の大木氏(写真:飯塚 寛之)

 NAVISではインドにおいて紹介前の看護師に対して、日本語の研修をしながら、介護の基本的な動作や現場でのやさしい言葉遣いを実践的に教える。「前提として、看護師だから技能も分かるところは大きい。日本の高齢者に違和感なく対応できる」と統括責任者の大木氏も話す。その上で、現場ならではの学びを得てもらう考え。

 異文化になじむという意味では、インドの人々にとってなじみのある英語圏で活動した方がハードルは低いものの、日本においてであっても新しい言語への拒否感は決して強くはないという。サンバンダム氏は、「インドのお札には16の言語が書かれている。左から右に読む言葉もあれば、右から左に読む言葉もある。インドの人々はだいたい4つほどの言葉を覚える。DNAとして、短い時間で言葉を覚えられるようになっている。日本語とは文法も近い。介護は人とコミュニケーションしながらできるので、言葉も覚えられる。他の外国人と比べても言葉の覚えが早い」と説明する。NAVISではインド人の実習生に日本語の上級N3レベルまで取得してもらっているが、通常1年半かかるところ、インドの実習生の場合は5カ月で済み、習得の速さが顕著だという。

 サンバンダム氏は、インドで医療機関経営に乗り出していた日本のセコムグループにアプローチし、介護人材の紹介を申し出た。サンバンダム氏は、日本の情報技術企業への人材紹介の実績も多く、日本語も堪能。日本企業との交渉に難儀しない。2019年3月に初めて、インド人の看護師を介護人材として日本に紹介するに至った。2020年1月までに20人を紹介。千葉県、愛知県、大阪府、埼玉県、北海道、福井県と紹介先を増やしている。COVID-19の影響はあるが、さらに46人の紹介を目指し、日本語の研修を進めており、さらなる拡大を目指す。

日本の介護現場で実習するインド人看護師(写真:NAVIS)

介護現場が世界戦略を支える舞台に

 ほぼ1年間になるが、最初は介護現場で体操をしたり歌を歌ったりして、インド人も面食らうこともあったようだ。1カ月程度経つと、持ち前の性格の明るさから日本の介護現場にも慣れて、むしろ自分からデイサービスの提案をする動きも出てきた。例えば、高齢者への英会話教室。言葉を学ぶことで脳の活性化につながり、認知症予防にもつながると期待された。インドの中でも東北地方出身者はもともと日本人と風貌が近いなどあるが、人種の差はある。しかし、そうした違いも徐々に無関係に。「インド人看護師のコミュニケーションは円滑。『インドに帰れ』などと言われたときに、『一緒に帰りましょう』などとうまく返して笑いに変える。高齢者とのやりとりはうまいと感じている。施設でのイベントも初めはなじめないところもあったようだが、むしろ積極的に参加するようになっている」と、大木氏はインド人看護師の印象を語る。

 紹介を受けた施設は監理団体に対して120万円を支払い、日本語研修や入国手続きの手数料などのための経費や管理費を支払う。NAVISはそこから収益を得る。技術実習に入ってからは、施設はインド人の技術実習生に月20万円程度の給与を支払う。インドの実習生は本国に仕送りもできる。施設にとっては人手不足の解消になり、実習生の学びや金銭的なインセンティブにつながる。「Win-Winの関係になっている」とサンバンダム氏は説明する。

 NAVISはこうした日本での技術実習の事業を、「MEGURU(メグル)」と呼ぶ戦略の中に位置づけている。今後、高齢化が進む欧米など日本以外への同様な紹介事業の展開を進めようとしているのだ。日本の介護現場で技術実習を受けた看護師をさらに世界に紹介する形も模索する。いわば、日本の医療現場が人材育成の拠点となっていることになる。NAVISは世界の医療現場を支える人材のハブをインドに作り上げようとしている。

 日本の内側から見ると、介護現場は人手不足が深刻で、担い手の確保が難しい分野。それがインドから見れば、全く違った価値を生み出しているというわけだ。インド人の強みである言語能力を組み合わせることで、世界戦略を支える重要な舞台に変身する。

(写真:飯塚 寛之)

 さらに言えば、NAVISの掲げているMEGURU戦略は看護師だけにとどまる話ではないのかもしれない。今後、幅広いヘルスケア人材がインドから紹介されてくる方向になる可能性はある。ヘルスケア人材の世界展開という視点は、国内の需要だけを見ていてはなかなか見えてはこない。そこにはやはりディスラプティブイノベーションの一つの形がある。

 続いて次回は、運輸企業がインドで進める新たな物流インフラ事業の動きを見ていく。

■変更履歴
記事初出時、「既に50人近くの看護師を日本の施設に介護人材として紹介している。」とあったのは「既に30人近くの看護師を日本の施設に介護人材として紹介している。」でした。また、「施設はインド人の技術実習生に月11万~18万円程度の給与を支払う。」とあったのは「施設はインド人の技術実習生に月20万円程度の給与を支払う。」でした。お詫びして訂正します。記事は修正済みです。

(タイトル部のImage:quickshooting -stock.adobe.com)