前回は、インドの女性をヘルスワーカーとして育成し、現地の病気の予防・データ収集事業を拡大するとともに、女性の社会進出を支援する大手情報通信企業の動きを見た。今回取り上げるのは、約5年前からインドに入り込み、現地の医療機関とともに医療機器の開発を進める大阪大学。新興国では、医療保険制度が整備されておらず、先進国のように高度な医療機器を使えるわけではない。高度な機能がかえって普及への足かせになることさえある。なぜインドなのか? 同大学次世代内視鏡治療学共同研究講座特任教授の中島清一氏に聞いた。

全インド医科大学と共同事業

 全インド医科大学(All India Institute of Medical Sciences:AIIMS)は、インド各地に医学部を擁するインドを代表する医科大学。全体を束ねているのがニューデリー校だ。大阪大学は2014年からAIIMSと共同事業を進める。きっかけは、この前年にスイス・ジュネーブにおいて開かれた世界保健機関(WHO)の会議で、中島氏がAIIMSニューデリー校の関係者と出会ったことだ。すぐさまインドに出向き、トップに直談判して共同事業にこぎ着けた。

 中島氏がAIIMSと共同事業を始めた背景には、先進国での医療機器開発に感じていた課題がある。同氏は2008年から国内企業と研究グループを作り、先進的な医療機器開発に取り組んできた。自身は外科医で、内視鏡手術を専門とする。研究グループでは、内視鏡手術をやりやすくしたり、安全性を高めたりするデバイスの開発をしていた。4年間で大学の講座へと発展させた。そうした開発を進める中で、先進的な物づくりが成果を生むようになっていた半面、「日本のような恵まれた医療環境で求められているニーズは本当の意味でニーズなのか」という疑問を強く感じるようになった。

大阪大学次世代内視鏡治療学共同研究講座特任教授の中島氏 (写真:岡崎 利明)

 「日本で生まれるニーズは、単なる医師のわがままではないかと思えた。ニーズではなく、ウォンツだろうと。多大な開発投資をしてウォンツを満たすことに終始している」と中島氏は言う。先進国での特殊な環境でしか使われないものではなく、世界中で普遍的に使われる物づくりこそ求められると考えるようになった。そうした問題意識の先にインドとの共同事業は生まれた。

 2014年には、中島氏がインドでも医療行為を行えるように医師免許を発行してもらい、現地で手術指導に入る。ライブ中継するなどの交流をしながら医師の目線から現地の医療従事者との間の信頼関係を築いた。中島氏はこれまで共同研究をしてきた企業もインドに入ってもらい、製品開発のアイデアを練るようになった。