システム投資を誰が負担するか

 「環境そのものがヘルスケアになる」世界の魅力は理解できるものの、そのためのシステム投資を誰が負担するかという疑問がある。健康維持のために自費でウエアラブルデバイスを購入するなど個人レベルの投資ならともかく、建物内あるいは街中にカメラを設置するなど面的にカバーする場合のコストについては、誰がどのような理由で投資し回収するのか。それが解決しない限り「環境そのものがヘルスケアになる」世界は実現しないだろう。

 この点について前出のクロサカ氏は「3つのフェーズで考えられる」とした。最初のフェーズは、サービスを介して相対するサービス提供者とユーザーのいずれかが負担する形態。「遠隔診断であれば、医師や患者が8Kカメラ搭載の5Gスマホを導入するようなもの」(クロサカ氏)。この医師が、遠隔診断であっても患者を正確かつ効率的に診断できるなど成果を上げているとなれば、ほかの医師も追随するだろうというのが、クロサカ氏が描く普及へのシナリオだ。

 次のフェーズは、所属企業などユーザーの周辺にいる組織が負担する形態。「新型コロナウイルスを例に持ち出すのがふさわしいかどうか」という前置きの上でクロサカ氏は、「コンタクトトレーシング(接触確認)アプリ」の導入を企業が負担する方法を挙げる。コンタクトトレーシングアプリとは、直近に接触した人と場所を特定するためのアプリのこと。仮にウイルス感染の陽性反応が出た場合、例えば過去2週間にわたって接触した人を特定し、その人たちに対して注意喚起できる。クロサカ氏は「企業あるいは所属する社員の信頼性を担保するために投資するという発想であり、一部の企業は導入を検討し始めている」という。

 最後のフェーズは、国や自治体が負担する形態である。医療費などを将来的に削減できることを見込んで、国や自治体が削減に資するソリューションに対して先行投資しようという発想に基づく。

 最後のフェーズについては、官民連携による社会課題解決手法「ソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)」の考え方に近い。SIBとは、革新的な社会課題解決型の事業を実施したときの成果(社会的コストの効率化部分)を、支払原資とするものだ。事業成果を数値化することで、自治体が成果報酬を支払う。

ソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)の仕組み(出所:経済産業省「新しい官民連携の仕組み:ソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)の概要」)
ソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)の仕組み(出所:経済産業省「新しい官民連携の仕組み:ソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)の概要」)
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 その実践例の1つに、埼玉県志木市が市民の健康寿命向上のために取り組んでいる「いろは健康ポイント」事業がある。同事業は、市民参加者が歩いたりBMI(ボディマス指数)や体脂肪率が改善したりした場合にポイントを獲得し、獲得ポイントについては商品券に交換できるものである。志木市は参加者に対して歩数計を無償貸与し、参加者は歩数計を市内に設置される読み取り端末にかざすことでポイントを得る。同市としては、健康指導など周辺事業も含めた取り組みを通じて、医療費や介護給付費の減少につながるものと期待している。

 同市によると、2019年度の参加者は約2900人。経費については、ポイント原資や歩数計、システム運用などに対して、年間2000万円程度がかかっている。その成果としては参加年度別に算出しているが、2015年度から参加した人については1人当たり年間約1万7000円の医療費削減効果が出ていると試算されているという。同市では、「あくまで試算の数字」としながらも、国民保険、社会保険、後期高齢者、生活保護制度を含めた医療費全体の削減効果を約4600万円と見積もっている。

 前出の新城氏は、「SIBについては、2020年以降、新しいフェーズに入るのではないか」とみている。というのは、2010年代後半に始まった国内SIB活動の成果がこれから相次いで報告されるからだ。「新城氏が特に注目しているのは、「実証試験ではなく実事業として取り組んでいる広島県と東京都八王子市の取り組みだ」という。両自治体の成果は2020年夏にも明らかになるとみられており、それを見た他の自治体も順次動き出すだろうと新城氏は予測する。

 事業が長期的に継続されるには、参加者それぞれが何らかの利益やメリットを得ることが欠かせない。SIBに限らず、関係者の間で適切に利益配分する新しいビジネスモデルが、「環境そのものがヘルスケアになる」世界を大きく広げることになるだろう。

(タイトル部のImage:Beyond Health)